ウナギの話 |
石助: 忘年会で深酒した俺は最終電車で眠り込んでしまう。そして…… |
冬の寒い日の事だった。 その日は忘年会で夜遅くまで飲み、俺は最終電車で自宅のある駅へと向かった。 しかし、飲み過ぎていたのだろう。私は電車の揺れを子守唄に深い眠りへついた。 「お客さん、起きてください」 駅員に肩を揺らされ、俺は目が覚めた。辺りを見回す。電車にはもう誰も載っておらず、暗闇の中に灯る車内の様子はがらんとしていて、うら寂しい。 おぼつかない足取りで電車を後にし、改札口を出ると、そこには小さなロータリーがあった。薄明りの中、そこだけ切り取られ、浮かび上がるように黒々とした道路にバス停が存在していた。その向こうには、しんしんと闇が漂っている。 辺りにはホテルやカラオケ店は無さそうだった。ひとまず、俺はバス停のベンチへ腰かける。 そこには先客がいた。濡れたような黒髪の女だ。横顔をちらりと覗くと、のっぺりとして青白い顔が見えた。鬱々とした瞳は瞳孔が大きく、闇に溶けたような底のない色をしている。 「あの、このあたりって、タクシーは通りますか?」 俺は周囲を見回しながら、女に尋ねる。タクシー代が痛いが、やむをえまいと考えた。 女は壊れたからくり人形のようにぎこちない動きで、しかし、ゆっくりとこちらを向く。口がにいっと出来の悪い笑みを作りだし、溶けたような乱杭歯が口内に見える。灰色の舌先がちろちろと動くののが分かった。 女の真っ黒に塗りたくられ、闇に染まった瞳がこちらをじっと見て、何がおかしいのか瞳は笑んでいるのだ。なにやら、気味の悪さを感じ、背中に冷水を浴びせたかのように、俺は震えた。 「ウナギの話、知ってる?」 ひどくかすれた声だった。地の底から這い出てきたような不吉さを漂わせるその声に、俺は思わず距離を取ろうとする。 ばっと俺の腕が捕まれる。女の華奢な手とは思えない、でたらめな握力に俺は、ひっと小さく悲鳴を上げた。 「ウナギを好きな女の子がいたの」 黒目だらけの瞳が妖しく揺れる。俺の腕をつかむ手から、はっきりとした冷たさが伝わってきた。 「私の友達よ。大切な、たった一人の友達」 女の手から伝わる、冬の寒さとも人の寒さとも違う、もっとうすら寒い何かが、俺の腕を這いあがり、俺の全身へと駆け抜けていく。 「は、離せ……」 「それでね、その子、死んだの。なんでだと思う?」 俺の言葉が聞こえないかのように女は喋り、ぐいっと俺に顔を近づける。 「ウナギのいけすに落ちて死んだの。ウナギの海であの子は溺れて、顔に笑顔を張りつかせて死んだの。引き上げられたとき、あの子はウナギに体も顔も食べられて、もう皮膚なんてなかったけれど、それでも、笑ったまま死んだのだということは十分に分かったの」 俺は女の何も浮かばない暗い瞳を見て、怯えた。口を端を上げて、女はにいっと胸騒ぎをさせるような笑みを浮かべる。口から湿ったカビのような臭いが漂う。 「本望だったのでしょうね。でも、私はあの子が死んで、寂しい」 青白い女の顔がすぐ目の前まで迫っている。けれど、何故か、呼吸音が聞こえない。冬の冷えた空気が俺の頬に突き刺さった。 「あの子はね、いつもウナギを欲しがるの。新鮮なウナギを欲しがるの。私ね、あの子の友達だから、いつだってあの子の望みを叶えたい。……分かるの。あの子、死んだって、関係ない。ウナギを欲しがっている」 女ののっぺりとした顔の両頬の筋肉がぐいっと持ち上がった。笑みではない心をぞっとさせる何かが女の顔に浮かんだ。 「私、あの子のためにこうやって街を巡って、ウナギを探しているの、新鮮なウナギをね」 俺は女の顔が近いことに不安と息苦しさを覚えた。我慢できず、俺の腕をつかむ女の手を引きはがそうとした。けれど、女の手は冷たい石でできているかのようで、びくりとも動かせない。 「離せ!」 大声を上げた。俺の唾が女の顔に飛び散った。しかし、女は表情を変えず、頬を持ち上げたまま、俺の瞳をその黒い双眸でじいっと見つめる。俺は居心地の悪さと、女への恐怖で頭がいっぱいになった。 「いいね。あんた、ちょっとずつ、変わっていくよ。あの子のお気に入りになれるよ」 女はそう言うとケタケタと歯を鳴らせて、笑い声をあげた。耳障りな、高音と低音を行き来するその笑い声に俺の頭蓋は痛んでくる。女の口内に見える灰色の舌が、唾液でてらてらと不気味に光っていた。 女の黒い双眸は俺の瞳を離さず、俺が大声で叫んでも、女の笑い声にかき消される。 そのうち、女の俺を掴む手が、ぎりぎりと強く握ってくるのが分かった。俺はさらに叫び声を上げる。しかし、女の笑い声にすべて飲み込まれる。 痛みや焦りを越え、生命の危機を感じるほど女の手が俺の腕を握りしめ上げた時、俺は声にならない叫びをあげ、ついに意識を失った。 雀の声が聞こえる。 目を開くと、辺りは朝の光に包まれていた。 バス停のベンチに俺は寝転がっていた。ここで寝てしまったのだろうか。 しかし、あの女は一体……? ひどく冷たい手に、頬を持ち上げるあの生気のない不気味な顔……。ひょっとして、あの女は、人では無かったのではないか……。 そんな風に思うと、俺は自然と寒気を感じて震えた。そして、急激な尿意を覚える。駅の隅に公衆便所を見つけたので、俺は小走りで向かった。 小便器の前に立ち、ズボンのチャックをおろした時、ぐにゃっと俺の股間がひとりでに動いた。なんだ、と俺を視線を落とす。 見ると、股間がもぞもぞでひとりでに右を向いたり左を向いたりしている。 俺は驚き、股間に手を当て、トランクスから自分のモノをとりだそうとした。 ぬめり。粘膜上の何かを触った手触りがして、その何かはいったん、顔を引っ込めた。しかし、やがて、粘液を滴らせて、その何かは顔を覗かせた。黒く、ぬらぬらと光るその生命は、股間にあるべきはずのないものだった。 それは、まさしく、ウナギの頭だったのだ。 |
2013/12/31 (火) 16:56 公開 |
■ 作者<.1OPZ8Xz> からのメッセージ 大会ではみなさんアドバイスありがとうございました。 とても勉強になりました。 |
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石助です。ありがとうございます。
凡ミスの訂正と表現の直し、ありがとうございます。凡ミスは自分の推敲の足りなさなので、今後気を付けたいです。これは読んでいただく方に失礼でしたよね。すみません。
表現のほうは本当に勉強になります。
言葉をうまく表現できない時があります。多分、読書が足りないんだと思います。
>あと、全体的に「俺」が多く感じますね。
初めて注意していただきました。
以後、気をつけたいです。
「俺」が多いと冷めてしまいますし、リズムが悪いですもんね。
>一人称の特性を活かす書き方をマスターしてください。
>今だと、俺を太郎に変えても、普通に読めますな。
なるほど……勉強になります。
今だと確かに太郎に変えてもオーケイですよね。
一人称の特性を活かす書き方をする際に注意すべき点や、そういう書き方を理解するのに役立つ本などがあれば教えていただきたいです。
正直、三人称の場合(太郎)のときと一人称(俺)って、同じだと思っていました。
いや、今、ちょっと思い出しました。
一人称は自分の目で見えること、考えること。三人称は……いや、なんだっけな。
どうも違いが分かりません。
もし良ければ教えてください。
ということで、失礼します。