指輪物語2014 <バレンタイン祭り参加作品> |
ローズマリー: とあるレストランバーにて |
ニューヨークの冬は凍てつくような寒さだった。おまけに雪がちらほらと舞っている。ペンギンが外を散歩してるよ、と誰かが言っても信じる人がいそうな夜だった。それとは裏腹に、店内はエアコンディショナーの快適な温風で満たされていた。とあるレストランバーの2月14日の夜、といえば言わずとしれた話だ。そう、聖バレンタインデー。店内のあちこちではチョコレートの開封が行われていた。 ローラとリチャードのカップルも例外ではない。窓際の席に座り、ローソクをまん中にして語り合っていた。飲み物は二人ともシャンパンベースの『ミモザ』を飲んでいた。この世でもっともおいしくてぜいたくなオレンジジュース、と言われているカクテルだ。 「うれしいよ、ローラ。また君の手作りチョコレートがもらえるとはね」 「普通、アメリカ流だとプレゼントは男のコからだけど、お互いに、というのが私たち流よね」ローラがハスキーな声を返す。肩の辺りまで伸びたブロンズの髪をかき上げると柑橘系の爽やかなリンスの香りがした。ローラはすらりと背が高く、ヒールを履けばリチャードよりも高いくらいだった。モデルと間違えられることもしょっちゅうだ。 「ねえ、私が背の高いこと、気になる?」 ローラはある日訊いてみた。 「気になるもんか。僕は君のそのスラリとしたスタイルが大好きなんだ」 リチャードは笑いながら応えた。 「さあ、次は僕の番だよ」」リチャードは少し俯きながらきっぱりとした調子で言った。「ホワイトデイさ」 ローラの青い瞳が大きく見開かれる。 「ホワイトデイって?」 ローラは怪訝な顔で訊いた。 「日本や韓国では当り前に行われていることでね、バレンタインの一ヵ月後、つまり3月14日に今度は男がプレゼントのお返しをするってわけ。で、それを今しようってわけさ。とにかくね、これを食べてみてくれないか」 リチャードが差し出したのは小さくて可愛いラッピングがなされたプレゼントだった。 「どういうこと? 開けてみてもいい?」 「もちろん」 中にはハートをあしらった大き目のクッキーが見えた。何の変哲もない手作りクッキーだ。 「どういう意味なの?」 「食べてみてほしいんだ。そうすりゃわかるよ」 ローラはそのクッキーを半分ほど齧った。 「なんかカチッと歯に当たったわ。何かしら?」 おそるおそる確かめてみる。と、それはダイヤの指輪だった。 「リチャード!」 「そういうことさ、受け取ってくれるかい? ……君と、結婚したいんだ」 「もちろんよ、ああ、リチャード、リチャード」 ローソクのやわらかな明かりの中、リチャードは彼女の薬指に指輪をはめた。 最高の夜。二人の想いはピークに達していた。おそらくはまわりのカップルが全員うらやむくらいのバレンタインデイを、二人は味わっていた。雪はいつの間にかやんでいた。満天の空からは冬の星座たちが二人を祝福しているかのようだった。 ☆ さてさて……。 このようにして、元ロバート・シンプソンと名乗っていた現ローラ・シンプソンは、幸せの絶頂の中でダイヤの指輪をいつまでもいつまでも眺めつづけていたとさ。おしまい。 (了) |
2014/02/01 (土) 10:50 公開 2014/02/05 (水) 17:57 編集 |
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シャンパングラスに注がれたオレンジの液体を啜りながら、何度も読みたい作品。
冒頭、読者はいきなり素敵な舞台に引き込まれる。こじゃれたドラマのカメラアングルのような描写は、読者の期待を一気に盛り上げる。
小説は冒頭が命だ。この数行によって、本作の成功は約束されたようなものだ。
会話中心に展開される中盤は、とにかくテンポが良い。一瞬、エロティック展開かとドキっとさせておいて、実はロマンティック。心憎い演出に、うまいことしてやられる。子気味良いドッキリだ。
ともすると下品に堕してしまいがちなオチだが、作者の技術と品性によって、上品な苦味に仕上がっている。
痛快なロマンティックコメディに脱帽だ!