セントバレンタインズデー<バレンタイン祭り参加作品> |
じーざすふぁっきんくらいすと |
グラスに注がれたビール、酒気を帯びた息、火種から昇る紫煙、キャバ嬢に人気の香水、服に染み着いたマリファナの香り。会場はそれらの臭いが充満していた。めまぐるしく点滅する七色のスポットライトを反射するミラーボール、稲妻のように閃光するレーザービームは視覚を狂わせ、ロッテルダムテクノの異様に早いBPMと激しいベース音が肋骨のあたりをびんびんと震わせる。 バレンタインの聖なる夜には生け贄が必要だった。神へ捧げる生け贄が――。生け贄の儀式に集まった観衆たちの容貌はモヒカン頭、ピンク色の髪の毛、いたるところにつけた巨大なボディピアス、全身タトゥー、人体改造を施すなどした敬虔なクリスチャンたちだった。黒マントに身を包んだ執事姿の男が言う。「皆様、それでは本日のメインイベントを行ってまいりたいと思います」雑談、私語を止め観客は一斉に注意を向ける。「ニードル☆Jinによる、生け贄へのピアシングショーの始まりです!!」歓声と拍手喝采が湧き起る。 めまぐるしく点滅や飛躍を繰り返していた照明は、ステージを照らす黄白色のハロゲンライトのみとなり、音楽はバロック調のパイプオルガンへと変わった。ステージ上から、屠殺上の豚のような物体が降りてくる。それは、鎖に吊された女だった。女は手首と足首が結びつけられており、観客側に対しまんぐり返しをする姿勢で性器を露わにしている。Jinの黒い半袖シャツから伸びる腕には色鮮やかな和彫りの鯉が泳いでおり、その先の指にはニードルが握られている。女は目隠しによって視界を、猿轡によって発言権を奪われている。男は職人的な手つきによってニードルを消毒すると、それを女の頬にあてがった。女は一瞬体をのけぞらせ、それが全身に伝わり、鎖を揺らし、その反動で女の体は宙を少し漂った。男は女の耳元へ何かを囁いた。そしてそのニードルを女の顔から顎、首、鎖骨へと滑らせていく。女は体を微動させないように必死にこらえているようだ。次の瞬間、それはあまりの手際の良さに本当に一瞬の出来事だったが、ニードルが女の右乳首を貫通していた。女の体は跳ね上がり、猿轡越しに悲痛の叫び声をあげた。まるで豚の鳴き声のようだった。会場のボルテージは一気に加熱し、えも言われぬ一体感に包まれていた。この場なら、生け贄が死のうと誰もが歓迎するだろう。同じように左の乳首にもニードルが通された。 会場の関心はもはや一点に集中していた。女の性器である。それは丹念に剃毛され、剥き出しのクリトリスが露わになっていた。そこに至るまで赤鬼は苦労した。赤鬼は忠実な、ただしまだ飼い慣らされた経験がなく、純真無垢な奴隷を見つけるためにあらゆる手を尽くした。そしてこの女と出会い、自我を完全に否定し、精神を破壊し、完全に意志を操作できるようになるまで二年の歳月を費やした。またこの儀式に先立ち、女に陰核包皮除去手術を受けさせている。これにより陰核は太いニードルを受けるのに十分なほど肥大し、また包皮から露出することでピアッシングを容易にした。女はとうとう赤鬼の誕生日でありバレンタインの日に生け贄となることを承諾した。 ステージ上の女の膣からは透明な粘性の液体が肛門へつたい、そこから更にステージの床まで伸びている。神への生け贄は、十字磔でなければならない。本当の磔は陰核への釘打ちである。最も罪深く、女を堕落へと導く陰核が磔られねばならない。それは会場の全ての人間を結びつける一致した強く揺ぎない願思いだった。Jinはゆっくりとした所作で女の性器の前へ来た。小指の第一関節から先くらいの大きさのある陰核にニードルを近づける。誰もが固唾を飲んで見守った。そして、ニードルの固く冷たく鋭利な先端は、赤く充血し粘膜に包まれた丸くつるっとした物体を一瞬で貫通した。女の体は大きくバウンドし、会場には豚が首を跳ねられたような悲鳴が響きわたった。そして女は失禁した。 それを見た赤鬼は激しく射精した。スキンヘッドの赤鬼の頭部には二つの突起物が埋め込んであり、射精することでそれは赤くちかちかと点滅した。次の瞬間赤鬼の勃起したペニスは、気づく間も無く切り落とされた。ミシュランの三ツ星シェフが登場し赤鬼のペニスをブルゴーニュ風に調理し観客へ振る舞った。赤鬼は失血死した。しかし、死をなくして本当の意味での信仰などあり得ない。誰もがそう信じていた。 |
2014/02/02 (日) 19:52 公開 |
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いわゆる日本的バレンタインデーとはまるで異質な、ゴシックホラーな映像がどぎつい色彩と音響を伴って繰り広げられる。
濃厚な文章と描写の連続の中には、さまざまな記号が散りばめられており、読み手の知識や趣向によって、異なった見え方をする作品かもしれない。
作者の表現力、展開の力強さは圧巻の一言だ。
一見読みにくい印象を受けかねない文体だが、読む者を全く疲労させない。
洋画的こってり感のある描写なのに、細部まで目を凝らしたくなるような不思議な魔力を
秘めた、驚くべき掌編と言ってよいだろう。
異色作ながら誰が読んでも満足できる、珠玉の掌編!