NAOKI <バレンタイン祭り参加作品> |
小山内 |
正午だった。おそらくは地上では。 斑鳩正耳の乗った涙滴型宇宙船JUJU‐38はヴァン・アレン帯を一気に通過して、木星までの長い旅へと進んだ。 地上でドーンコーラスと呼ばれていたものが、そこでは過去の人間たちの雑談じみた五月蝿さで船のスピーカーを占領している。背中の皮膚が乾燥し、手には汗をかいていた。 『心拍数があがっています。どうかしましたか』 雑音がふいに止まり、若い男の声が話しかけてくる。 「ナオキ」 と、正耳は船のマザーコンピューターに返事をした。 『ヴァン・アレン帯から反射される電波による障害は、すぐに解消します。計器に異常はありません』 「ああ。地球の管制室からは?」 『旅の無事を祈るメッセージが届いています。再生しますか?』 「いや、食事の後にでも聞くとしようか。まずは点検だ、長旅だからな」 正耳は気を取り直した。 三日目、やはり機器の点検中だった。正耳は地球に残した唯一の兄妹であるキャロラインのことを思っていた。キャロラインは宇宙開拓に偏見を持っていて、正耳を野蛮だと言って送り出した。それが、いまさらになって、子供のころのささいな言葉などが思考に付きまとうのだった。 「キャロラインが二十歳のとき、離れて暮らす父親へ手紙を送る、送らないという言い争いになり、俺は感情のまま妹を殴った。あいつは恨めしげに睨んできたが、結局、それきりだった。手紙も、たしか出さなかった。二か月後に父親が死んだときに、もう一度、責めるような目で俺を睨んだ。それからだったかな、俺たちが疎遠になったのは。最後は、地球を離れて開発するなんて、どうかしている、と、取りつく島もなかった」 『後悔しているのですか?』 「そうかもしれない。こまごまとしたものどもが、心残りに感じる。むしろそんなことを心の中で探しているのかもしれない。キャロラインの目、睨み付けられているのだけど、もう一度見たい気持ちになる。しっかりとやっているだろうか」 『結婚されているのでしたね。心配されることはないでしょう』 「おまえに何がわかる。こんなこともあった、まだ両親が同居していた頃だ。男のことで、もう、わからなくなった、どうしてだろう? って、相談に来たんだ。十七歳の妹が。その相談も、女の感性がことさら俺のほうへ向けられた気がして、邪険にした。好きでやっているんだろう、好きに始末を突けたらいい、そんな返事をした。だめな兄だった」 『その穴埋めはいまの夫君がしていることでしょう。心配無用です』 「うん、会ったことのない男だが、無性に腹が立ってきた。ちくしょう」 正耳がコンソールに両腕をたたきつけると、NAOKIが悲鳴を上げる。精密な電子回路が力場干渉を起こしているのかもしれなかったが、正耳には悲鳴に聞こえた。 「痛いのか?」 『いえ。ですが物にあたるのは野蛮な行為だ』 「野蛮だと、この野郎!」 正耳はかっとなって、コンソールデスクを蹴りつける。 「やめ…ガピーン…や・め…ガガッ」 二十日目。地球の管制室ではNAOKIの人格のもとになったプログラマー、巽直樹が、はるか火星軌道から送られてくる画像に眉をしかめていた。 400インチの巨大スクリーンでは、飛行士の正耳がNAOKIを拷問している。電子回路に電極を当て、微弱電流を流しては、「まだたりないのか」などと、謝罪の言葉を要求するのだった。 「どうやら失敗ね」 妻であり同僚のキャロラインが言った。巽はその肩に手を置いて、女の表情が変わるのを待つ。やがて現れたのは冷笑である。 「君は本当に兄さんに野蛮だなどといったのか?」 「全く身に覚えがない。正気じゃないわね」 「ううむ。いったいなぜ兄さんがこんどのミッションに選ばれたのだろう?」 「さぁ? でもひとつだけ心当たりがあるかな」 巽が首を傾げると、キャロラインはおもむろにブリーフケースに手を伸ばす。中から出したのは見慣れたバラ鞭だった。 「NAOKIは潜在的にこうなることを望んでいたのよ」 |
2014/02/04 (火) 17:10 公開 |
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常人には、なかなか思いつかないことだ。
目を引かれるのは、端正であり無機質とさえ言える文章だ。
この物語、世界観にこれほどマッチした文体はないだろう。そのために、雰囲気がとてもよく醸し出されている。
藤子F氏のSF短編のような味わい。
長さも適切であろう。こうした作品をぜひ量産していただきたい。
本作品は、その発想の大胆さ、スケールの大きさに面白みがある。
S気質の兄妹。兄は宇宙空間で人工知能に拷問し、妹は地上で夫に鞭を食らわせようとしている。
特に意味を深追いする必要はない。なんとも壮大なバカらしさに、一種清々しい笑いがこみ上げる。
なお本作の完全版もアップされているが、短縮版の方が切れ味鋭い。
「二次稿=一次稿マイナス10%」という公式があるとかないとか。