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春の闇
ぷぅぎゃああああああ
 最寄りの駅は山を越えた先にある。健脚を誇る者でも通える距離ではない。朝と晩だけに張り切るバスが乗客を揺さぶって駅まで運んでいた。
 それが十年くらい前の話である。地元の若くて野心的な町会議員が中央に華々しくデビューを果たした。途端に辺鄙な町に高速道路がやってきた。開発に邪魔な山は根元からぶった切られ、駅まで引っ張り込んだ。町全体に恵みの雨が降り注ぎ、筍のように商業施設がぼこぼこと誕生した。
 その怒涛の展開に金山家も巻き込まれた。居丈高なマンションが四方から押し寄せる。百坪の土地が半分に思えるくらいの圧迫感の中、丸っこい老婆がポケットのあるカーディガンを羽織って縁側に座っていた。春の柔らかい陽光に照らされて目を細めている。
「ババアは楽でいいよなー」
 口の悪い息子の嫁が縁側の方向を睨みながら掃除機を掛けていた。小豆色の日本家具にノズルの先端をガツガツと当てる。老婆は庭にある小さな池の辺りに目を向けて、あー、と間延びした声を出した。
 嫁の眉間に亀裂のような皺が入る。掃除機の扱いが悪化して派手な音を連続で立てた。そこに老婆の脱力した合いの手が混ざる。

 あー、ガツガツ、ガッシャーン、あーあー、ドカドカ、ガッシャーン、あー、ガツガツ、ドッカン、あーあーあー。

「微妙に合わせてくるんじゃねぇよ!」
 老婆は丸い背中のままで庭を見ていた。嫁は射殺すような視線を緩めて鼻で笑う。
「まー、そこまでボケりゃ、言葉なんか意味ねーよな」
 半ば落とすようにしてノズルを手放した。嫁は老婆の元に大股で歩いて真横に立った。
「でもな、私は言霊の力ってもんを信じてんだよ。アンタの寿命のロウソクを全力で扇いでんだから、少しは応えろよな。すぐとは言わないさ。私も鬼じゃないんで一年以内に頼むわ」
 あー、と老婆は返した。嫁の片頬が不自然に引きつく。エプロンのポケットから文庫サイズの本を取り出した。表紙のタイトルに『とっても簡単心理学』と丸文字で印刷されていた。
「最近の私って、この手の心理学にハマってるんだけど、これが実に良いんだよねー」
 陽だまりで微睡む猫のような老婆に嫁が顔を寄せる。双眸に明らかな殺意を込めて言った。
「専門用語ってヤツにアファメーションってのがあって、言葉で自分を励ましてその通りになっちゃうみたいな。これって言霊なわけよ。有名な学者に証明されてんのよ。言葉の力でアンタをぶちのめし、ここの土地を売り払って私は大金持ちになるんだ」
 自分の言葉に興奮して鼻息が荒くなる。溜まっていたものを吐き出した効果で冷静にもなれた。嫁は踵を返して掃除機へと向かう。
「ん、なんの音だ?」
 微かな異音に振り返る。春の暖かい風を顔に受けると凄まじい形相で鼻を摘まんだ。
「ババア、屁をぶっ放しやがったな」
 言葉や表情が無くても人は気持ちを伝えることができる。老婆は実践して見せた。

 ぶぶ、ぶぶび、ぶりゅぶ、ぶりゅぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。

 老婆の臀部に薄茶色の染みが瞬く間に広がり、許容量を超えたものが床に溢れ出した。
「な、な、なに漏らしてやがんだ。ふ、ふざけんなよ」
 春の風は毒だった。嫁の顔は赤を通り越してやや黒い。たじろぎながらも立ち向かう。
「このクソババア、それ以上はやめろ! バケツと雑巾を用意するまで、ちょっと止めとけ! わかってんのか、クソババア!」
 急ぐ足を掃除機のノズルが引っ掛けた。嫁は柱の角に額をぶつけて涙目になった。一蹴りの報復で奥へと走る。
 残された老婆は、ヒヒ、と奇妙な声を出した。カーディガンのポケットから文庫サイズの本を取り出した。タイトルには『超実践、応用の心理学』とあった。
「アンタの生活、楽じゃないよ」
 ヒヒヒヒ、と陰湿な声で嗤った。

 金山春の闇は深い。
2014/02/27 (木) 13:43 公開
■ 作者<jn6qfNwZ> からのメッセージ
ワイが「春の闇」のテーマで勝手に書いた!(`・ω・´)
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感想・批評
うーん、なんだか経験値のないひとの妄想だな。しかも退屈な。
7:  微妙 2点 <qjxwGuk9>  2014/04/06 (日) 17:22
まだ数作しか読んでないですがね、今回の作品はどれも導入は巧いしオチもあってひええええと感心しておりまする。
呆けている(と思っている)老婆に対して言霊の力で圧力かけてまで殺そうとしているはずなのに、意外とちゃんと介護する気があるのかないのかその辺もうちょっとコミカルにするかシリアスにするかはっきりするとよかった気がします。春の闇に名前を掛けるのと本の応酬はとてもいいアイデアだったと思うので個人的には憎めない嫁姑喧嘩みたいな感じで読んでみたかったなと思います。
6:  普通 6点 <oSEwJHGf>  2014/03/03 (月) 00:48
オチツケ
これはマンガか。
文章の力を感じない。リアルでもない。
死を願うなら
糞尿にまみれたまま、皮膚は爛れ、頭は油濡れで餓死寸前のネグレクトは珍しくない。
だいたい、たいていの婆さんは、骨がちぢんで小さい。
そのカーディガンのポケットに入る本?


5:  <c1gCkvhy>  2014/03/01 (土) 07:20
つまらん
4:  最悪 0点 <kKCJqeKI>  2014/02/28 (金) 22:44
春の闇をフライパンで真黒に漕がして皿に盛り付けましたか……
文庫本の応酬には笑いました。この作品、作者名を伏せれば評価がわかれるとおもう。

ワタシの知る作者の作風ではないから。これにはちょっとおどろきでしたね。
それにしても、細かな描写が巧み、
『ポケットのあるカーディガン』ほう、春なのにまだ寒いんかいな、この地方はと
おもえば、これが伏線であった。

それでもあえて、ひとこといわせてもらえば、擬音に品格がない。
なんだか、この作品にかぎらず今回の祭りにはシモの話が多い。
それがちょっと不満でもある。
3:  好感 8点 <3t9I67sJ>  2014/02/28 (金) 11:12
覆面ジャッジ
素晴らしい。穴がない作品。トーナメントに参加してたら有力だっただろう。
ところで町会議員って高速誘致できるほど権限あるっけ?w
2:  最高 10点 <k/Q8V9bh>  2014/02/27 (木) 17:34
ランダカブラ
土地を巡る嫁姑の心理的抗争か。
起承転結のバランスがよく構成の妙は流石だが、糞尿を漏らしてまで嫁をはめようとする老婆のしたたかさに笑えたのと同時にそこまでやるかという違和感もないではなかった。
1:  普通 5点 <EcKoXLZF>  2014/02/27 (木) 14:07
ポッポ
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