おきれいなまち |
No tiene ningun nombre |
路地裏に転がっていた、報告書でしか知らなかった男を担いで俺は娼館へ向かう。相変わらず汚い路地裏だ。生ごみと死体と、街の残骸。サラダボールでもなく、るつぼでもなく。様々な人間の掃き溜め、プライドと見栄と欲望の残滓が擦り付けられた塵紙の山だ。 どれだけ屑人間の体液を吸ってきたのかわからない。その、ひび割れた舗装は今は乾いて、性交前の女のように、まだお綺麗な面を見せていた。 夜が始まっていて、連れ込み宿の窓からは猫のような嬌声が聞こえてくる。ときに悲鳴も。 その鳴声を聞きながら宿々の間を、血の臭いとアンモニア臭いのする、膝を潰された男を抱えて歩く。 この路地を抜ければ通りに出る。その通りを山手に歩けば、このごみ溜めの街の中のさらに無法地帯がある。美しく優美な建物が並んだ一角だ。 その建物には、従順にかつ、奔放に振る舞うよう、子どもの頃から仕込まれた大人の玩具が飼われている。体液が主食の、言葉さえ話せない動物として。かつての俺と同じ。 この抱えている男は、それらの世話係だ。 俺はこの世話係を介して、飼い主に会うつもりだ。そして、義父の命令通りに殺す。 薄く笑う。全く「かつて」じゃない。いまだ飼われたまま、鎖に繋がれた動物だ。 調教で、言葉を解し服を着て、ナイフとフォークで食事をするようになっただけのこと。芸を仕込まれて披露することで生かされている。殺してみせて餌をもらうのに必死だ。 40代にして20代の俺の義父となっている、実質俺の飼い主は、政治家だ。 最近、力をつけてきた中堅どころといったところだが、上の世代の大物政治家が相次いで死に世代交代の新星と言われている。 金に弱いマスコミは時代が彼を呼んだ、などと持ち上げている。 義父は端正な顔立ちに声が良く、資金も潤沢だったから、マスコミ受けがよかった。 世の中、金だ。誠実そうだ、などという印象は、いくらでも操作できる。俺に言わせれば、口角が上がり柔和な表情で誠実に響く声は 「よく訓練された」軍人を思わせる。 感情を制御し、与える印象を操作し相手を効率良く制圧する。 事実、義父は月基地の軍人出身で、辺境地域の制圧に向けて指揮をとっていた。 無能な民は、誠実で優しそうだ、というが、現在まで辺境との禍根を残しているのは 義父の冷酷な制圧の仕方が原因といえる。 俺に対しても、義父は冷酷に計算して頸木をつけていた。 まあ、今はどうでもいいことだ。 目的の娼館の秀麗な正面は、娼館というよりは城のようだ。屈強な男が歩哨のように立っている。 意識を失った男を抱えて門番に近づく。 門番の視線が厳しい。この娼館には対立する背後組織があると調査報告書には記されていた。この死体のように気を失っている男への膝うち、これは報復だろうと思う。命をとらないが、足は完全に壊れる。車椅子は免れない。そのあとで殺そうが自由だと示したわけだ。 門番の前にたどり着く。 身構える門番たちに宥めるように片手をあげ、男をおろす。 「怪我をしていたので、つれてきたんですが」 ここのオーナーだと言ってました。 顔を確認させ、じゃあこれで。と去るふりをする。案の定、事情を聞かせて欲しいのでと引き留められて、応接間にとおされた。 金をかけた内装。前時代の、貴族がいた時代の様式。趣味はいいのだろう。 しかし、鼻のいい俺には隠しきれない臭いがする。ここで事に及んだ者は少なくないらしい。血と糞尿と、臓物。精液。香水の臭い。女の臭い。汗の臭い。消毒薬の臭い。塩素とヨードの臭いだ。 それらが混じった臭いは、屠殺場のそれと似ている。場末の娼館ではお馴染みの臭いだ。飾ってみたところで、ここは娼婦、男娼にとっては最低の場所だとわかる。鮮度が落ちれば、他者の快楽のために内臓から脳みそまでをさらけ出し、肉塊にされて消費される。 少し待たされた。 女があらわれた。香り高い紅茶をトレイで運ぶ娘を伴って。妖艶な女だ。だが、清潔な匂いと香水の匂いしかしない。それで売り物ではないのだとわかる。 紅茶が出される間に、女は悠然と卓の前に座る。栗梅色の口紅が食べ物を思いださせる。だが、その目が支配を好む側のもので、人を食い物にしてきた冷徹さを伝えてくる。 女は副支配人だといった。 うちの支配人が世話になりまして。 命に別状はないと、うちの常駐の医師がいっておりました。 とはいえ、膝の方は難しいようです。歩けるようになるかどうか。到底、自力では動けなかったと思いますので、あのまま放置されては、危のうございました。 お助け頂いてありがとうございました。支配人に代わりまして御礼を申し上げます。 歌うようになめらかな話し方は、ほとんどの男を魅了するだろう。 |
2014/03/02 (日) 23:02 公開 |
■ 作者<HC4F74Vy> からのメッセージ 便乗上げ 途中までかいて力尽きてるのです 感想などありましたらよろしく |
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