あまりおもしろくない話だけど最後まで聞いてほしい。ただ、途中で話をやめたくなって君が席を立ったとしても、ぼくは追いかけてまで話し終えようとは思ってはいないんだ。
　ぼくがいつもより早くケーキを食べ終えてしまってちょっと驚いているみたいだね。
　今日はよく食べているから安心？君はいつもぼくの食べることを心配していた気がするな。でも今そう言ったのはぼくのことを気遣っているからではないことを、ぼくは分かっているよ。君はクレバーだから……そこに、いつも助けられていたよ。ありがとう。
　相対的に食欲があるのかもしれないね。上海中心を建て増しなんてしなくてもブルジュ・ハリファさえなければ……そんなところかな。
　上海中心っていうのはビルの名前だよ。ブルジュ・ハリファは君も知っているよね？変な例えでごめんね。いつも余計なこと言っては、いちいち説明に時間を使ってばかりだね。言いたいことが伝わってないって、ぼくの心配の種だった。ただ、今日は伝わらなくてもいいかな。
　本当はせっかちで１ピースのケーキなんて、１分とかからないうちに食べ終えてしまうんだ。ぼくなりに君に合わせていたつもりだったんだよ。もちろん君はそんなことも知ってくれていたから、いつも慌ててぼくより早く食べ終えていたよね。恥ずかしがり屋の君が食いしん坊のふりなんて似合っていなかったけれど、理由は分かっていたからすごく嬉しかったよ。ありがとう。
　でも今日はぜんぜんフォークが進んでないんだね。カフェラテも２，３度口をつけただけ。いつもだったら職場で心配なことをいろいろと聞かせてくれながらも、がんばって食べてるのにね。なんでも乾燥する季節になったから、おいしいうちに食べて欲しいな。
　ぼくもコーヒーにはあまり口をつけていないのが気になるの？そうだね、このコーヒーってすごく酸っぱいんだ。ただ、水を飲んでいても酸っぱく感じるから、気のせいなのかもしれないね。いつもの店にすれば良かったかな……あのアイスコーヒーはこんなに酸っぱくなかったと思うんだ。ぼくの味覚がおかしくなってるのか、コーヒーがおかしいのかちょっと区別がつかないね。
　涼しくなってきたからホットを頼んだけれど、アイスにすれば良かったかもしれないね。ひどく暑苦しいんだ。食べ終えてしまったケーキが焼きたてだったりしたのかな。冷めきれないのがこんなにつらいとは思わなかったよ。
　バニラアイスが添えてあったって？確かにアイスはあまり溶けてなかったね。ガトーショコラに添えられて白く塗った墓だよ。溶ける前に食べ終えてしまったけれど、そろそろぼくの汚い内側を君にも見てもらわないとね。
　いや、君がそのぼくの内側さえ見通していたことはもう知っているんだ。だからこそ、こうして呼び出したりしたんだ。メールなんて久しぶり。珍しいね。君の短い返事にぼくは胸を痛めこそしなかったけれど、胃を痛めたんだよ。せめて逆であったら、ぼくの考えも変わったんだろうけど……
　もう返事もしてくれないんだね。泣いてくれたり、怒ってくれたりしてくれればいいのに。冗談を聞いているみたいに笑おうとするなんて……笑いきってくれればな。流れでこの話はなかったことになるかもしれない。
　ああ、ぼくはそうやって責任をとらないことばかりだったね。ごめんね。
　こうやって恥ずかしげもなくぺらぺらと喋って、歌うように自分のことばっかり言っているけれど、ずっと前に口に出来なかった君への気持ちを歌っていればよかったね。手を握ったり、髪をなでたり、そんな手先のことだけで対応していたぼくのことを君はもっと責めるべきだったんだ。
　君が苦しんでいるのを見たくないからなんてきれいな理由じゃないんだ、君が苦しんでいるのをみて苦しむのが嫌なんだ。だから、別れよう。
　ぼくはもう席を立つね。支払いは済ませておくよ。せめて半分くらいケーキを食べてくれればな、じゃなければぼくを罵倒するアリアを聞かせて欲しかったよ。
　さようなら。

■ 作者<mqHou8X4> からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。