皆既月食の夜に |
秋吉君: 秋の食欲祭り |
皆既月食の夜、アニキとブリが千鳥足で裏通りを歩いていた。 「いやあ、なんだかすっかり酔っちまったよアニキ」 「なんだおめえ情け、ヒョック、情けねえ、あれぽっちの酒で、ヒョッ、あれぽっちでヒョッ、あれぽヒョッ、酔っちまいやがってなあブリ公よ」 「アニキも大概じゃないかい?」 「バッケヤロウ! おらあ酒にゃあ滅法、ヒョッ、強いのヒョッ」 「それにしても、うまい肉だったなあ。さすがアニキ、いい店知ってんなあ」 「まあな。昔と比べて肉質が落ちたが、この界隈じゃちょっとした店よ……ヒョッ!」 「三日ぶりのおまんまだったし、上品な味だったね。あんな肉の塊がゴミ袋に入ってるなんて、ついてたね」 「文明の味ってやつよ。俺の野蛮な食欲は文明を食い散らかすんだ」 「文明かあ」 「文明だ」 言葉の響きがおかしかったのか、アニキとブリは肩を寄せ合ってクスクス笑った。 「ゴミ袋の隣に捨ててあった赤い酒は、酸っぱくて苦手だったけど」 「あれはよ、上等なワインだぜ。ブルゴンっていうんだ」 「へえ、アニキ物知りだなあ」 「まあな。俺が文明の奴隷だったころな、よく飲んだもんだぜ。おめえの舌にゃあ、まだ早かったかもしれんが、上等な、ヒック、ワインだぜ」 アニキとブリがいい心地で歩いて行くと、前方の路上に黒い塊が見えた。 「あれ、なんだろうアニキ」 「なんだろうな……」 こっそり近づいてみると、女だった。若い女が、道路の真ん中で仰向けになって倒れていた。靴が片方脱げている。 「なんだこいつは、だらしねえ女だなあ」 アニキは音を立てないように近づいて行き、女の口元に顔を寄せて匂いをかいでみた。 「相当酔っぱらってやがるな、みっともねえ奴よ」 「これもあれだね、アニキ、あれだよ」 「文明だな」 もっともらしい顔で言うと、アニキとブリはまたクスクス笑い合った。 「バカだねえ、この文明は。どうするアニキ?」 「文明ときたら、放っとく訳にもいくめえ、ヒック。食っちまおう。俺様の食欲は限度ってもんを知らねえんだ」 「食うって、ほんとに食っちまうのかい?」 「あたぼうよ! 食うったら食うのさ。見てろよブリ公、俺様の野蛮な食欲って奴をよ」 アニキは倒れている女の足側へ回り、口を大きく開いて、靴が脱げた方の足の裏に顔を近づけた。 「うわくっせえ! えげつねえ! 昔一緒に住んでた女と同じだ、こいつらの足ってほんとくっせえよな。目がしみる」 「やめといたら? 腹壊すよ」 「バッケヤロウ! 肉ってもんは臭けりゃ臭い程滋味豊かなんだよ! なんだこんな臭足の一本や二本、俺様の野蛮な食欲を見ろってんだこの野郎! おりゃ!」 「いたっ!」 足先にちくりとした痛みを感じた女が目を覚ました。鈍い動作で上半身を起こし、見回した。どんより曇った目は、走り去って行く二匹の猫の影をかろうじてとらえた。 |
2014/10/10 (金) 23:58 公開 |
■ 作者<r0gnUIHX> からのメッセージ 余興として。 |
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ヒョっというしゃっくりの音が心地よく、作者の耳の良さを感じさせる。
物々しげなタイトルや、やや硬質な文明を喰らうという文章に、思わずこちらの深読みを誘う味付けがされている。
それをよしとするか、あざといとするかは人それぞれだが、少なくともこの作品では破綻というほどのこともなくスパイスにはなっている。