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十三人目の妹
ミナミノ
十二人の妹しかいないはずのわが家に、十三人目の妹がいた。
「お兄ちゃん、おは」「おはようございますお兄様」「兄や、おはよ」「おっはよー、お兄ちゃん」「おっす、アニキ」「兄くん、はよーん」「おはようございます、兄君さま」「あにぃ、おはよう」「おにいたま、おはよーございます」「兄上様、今日もごきげんうるわしゅう」「にいさま、おはよう」「兄チャマ、おっはー」「おはようございます、お兄さん」
妹たちが次々と起きてきてあいさつを交わしているときに、ふと気がついたのだ。妹は十二人のはずだ。両親が死んでからというものの、妹たちの親代わりとして妹中心の生活を送り、趣味は妹観察という大のシスコンの僕が間違えるはずがない。たしかに妹は十三人いる。そしてどの妹の顔を見渡してもたしかに僕の妹なのである。
それぞれの顔を見れば産まれた日のことも、何歳までおねしょしていかということも、誕生日プレゼントに何をくれたかまではっきりと思い出せる。それなのにだれが十三人目の妹なのかわからない。
 そろって朝食を食べながらも僕は何度も妹の人数を数える。怪訝そうにみつめる僕の視線に妹たちははてなとそろって首をかしげる。いったいこれはどういうことなのだろう。「なあ」と僕はおそるおそる尋ねる。「お前らって何人姉妹だっけ?」
 妹たちは「はあ?」という感じでお互い顔を見合せ、
「お兄ちゃん、ひょっとして寝ぼけてる?」「お兄様、妹の数わからなくなるなんて……」「兄チャマおかしくなったですか?」などと口々に言う。ひとしきりわいわい騒いだ後、ようやく長女が「うちは兄一人、妹十二人の十三人家族ですよ。お忘れになったんですか?」と答えた。つまり……、
「十二人姉妹ってことだよな」
「あたり前でしょ」
「うん。そうだ。そうだよなぁ……じゃあさ、人数数えてみてよ」
長女は困惑した表情を見せながらも妹たちの人数を数える。妹たちもどこか緊張した顔でそれを見守っている。しかし……、
「やっぱり十二人じゃないですか」ほっとした表情で長女が言う。
 妹たちもため息をもらして「なーんだ、驚かせないでよね」「誰かいなくなっているのかと心配しましたわ」「あるいは誰か増えてるとか」「やめてよ、怖いじゃん」「なんかそういう漫画なかった?」「『11人いる!』ね。あれは名作だよね〜」と騒ぎ出す。
 そんなはずはない。たしかに妹は十三人いる。僕はだんだん怖くなってきた。でもこれ以上騒いだら頭がおかしいと思われそうで、黙っていた。
妹たちには見えないのだろうか、十三人目の妹が。僕の様子が変なので心配する妹たちを適当にごまかして僕も家を出て大学へ向かった。でもその日は十三人目の妹のことで頭がいっぱいで講義はまったく頭に入らなかった。

 結局、十三人目の妹が誰なのかはその後もわからなかった。しだいに僕もそのことを当たり前に思うようになった。それにもし十三人目の妹が誰かわかったら、その子は僕の前から消えてしまうんじゃないか。そう思うと怖かったのだ。
 それから長い年月が流れた。妹たちもすっかり成長し、結婚してつぎつぎと家を出て行った。「わたしはお兄様が結婚するまで結婚しません」「わたしはおにいたまと結婚する!」「アニキ以外に好きな人なんて……」「世界で一番好きなのはあにぃなの!」などと言っていた妹たちは結局みんな結婚して家を出て行ってしまった。
 家の中はすっかりさびしくなった。十二人の妹たちはみんないなくなった。残ったのは僕と、十三人目の妹だけだ。
「きみは」と僕は言った。「きみは出ていかないの?」
 十三人目の妹はふるふると首を振った。「わたしはお兄さんのそばにいます。ずっと妹のままでいます」そう言って笑った。
 それから、また長い年月がすぎた。妹たちは子ができ、孫ができ、すっかり年老いて、やがて死んでいった。みんな、死んでしまった。僕はどうやらずいぶん体が丈夫にできているようで、妹たちの誰よりも長生きした。先に死んで妹たちを悲しませたくなかったからかもしれない。
それでもこの頃はすっかり寝たきりになってしまった。妹たちの子供もときどき心配して様子をみにきたが、十三人目の妹には気がつかなかった。姪からは入院するように言われたが、断った。最期はこの家で死にたいと思った。もうボロボロになってしまって何度も修繕してすっかり変わってしまったけれど、妹たちとの思い出がつまったこの家で死にたいと思ったのだ。
「それじゃあ、またくるからね」様子を見に来てくれた姪が出ていくと、家には十三人目の妹と二人になった。
 急に心臓が苦しくなった。呼吸ができなくなり、胸をかきむしった。このまま死ぬのだな、となぜだか確信した。
手にあたたかな感触が伝わった。妹は僕の手をにぎってくれていた。そんなに悪くない死に方かもしれない、と思った。こうして妹に看取られながら死んでいくのだから。十二人の妹はみんなそれぞれ妹から妻になり母になり、やがて祖母になって死んでいった。彼女だけがずっと僕の妹でいてくれた。
 体から力が抜けていくのが分かった。目がかすみ、苦しみも痛みも、意識とともに薄れていく。もうすぐ終わるんだな、と思った。
「お兄さん、一緒にいきましょう」
 そう言って手を差し出した十三人目の妹の背中には白い翼が生えていた。僕は妹の手にひかれて空へとのぼっていった。そして思った。母さんが死んだとき、きっとお腹の中には子供が、僕の十三人目の妹がいたのだと。それを察したように、妹が言った。
「どうしてもお兄さんに会いたくて、神様に無理を言ったの」
 空をぐんぐんのぼっていく。やがて雲を突っ切った。
「ほら、みんな待っているよ」
「みんな?」
 妹に連れられてたどり着いた先には、妹たちとすごした僕らの家があった。新築のころと変わらない様子で、とても懐かしかった。中からみんながざわざわと騒いでいる声が聞こえてくる。
ドアを開けると、妹たちが飛びついてきた。
「お兄ちゃん、おかえり」「おかえりなさいませお兄様」「兄や、ひさしぶり」「おそいよー、お兄ちゃん」「おっす、アニキ」「兄くん、会いたかった」「おひさしぶりです、兄君さま」「あにぃ、一緒にあそぼ」「おにいたま、おかえり」「兄上様、おなつかしい」「にいさま、すき」「兄チャマ、あそぼー」
うれくしてうれくして、涙があふれた。「ただいま、みんな」
 振り返り、十三人目の妹の手を取った。それから長女に向かって問いかけた。
「お前らって何人姉妹だっけ?」
 長女は笑って答えた。
「うちは兄一人、妹十三人の十四人家族ですよ。お忘れになったんですか?」
 わが家には十三人の妹がいる。

2016/11/13 (日) 19:31 公開
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感想・批評
これいいな
2:  好感 7点 <ZTleyJ/v>  2019/04/23 (火) 21:38
みんなやっぱ疲れてるのだろうなあ。
1:  普通 4点 <7qckygRn>  2016/12/19 (月) 02:07
ひやとい
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