植物人間 |
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近くの山に植物人間がいる、というか生えているという噂を耳にし彼は憤激したそうだ。フリーライターの彼は普段は芸能人やら政治家の醜聞を追いかけ回すような日々を送っているのだが、学生時代からずっと植物の採集を趣味にしており、都内の植物で俺の手に入れなかった植物はないと豪語していた。その為自分の知らない植物が近くに生えているなどと認めたくなかったらしい。 とにかく噂の真偽を確かめようと彼はその山に登った。霧雨の降る日で昼間だというのに辺りは薄暗く冷たかったという。 山頂付近で彼は植物人間に出会った。丁度雲の切れ間から日が射し込みあまりにも幻想的な光景に現実感を失いかけたらしい。彼にとって一番の想定外は、植物人間が男ではなく女だったことだった。 下半身は太い根が地中に向けて広がり完全に植物だったが、上半身は人間と変わるところはなく、褐色のジャケットを羽織っていたという。 彼を突き動かしていた憤激は、その姿を実際に目にした時点で消えてしまっていた。そして今度は彼女を――それを彼女と呼んでいいかは分からないが、とにかく植物人間を自分のコレクションに加えたいと思ったそうだ。しかしもし植物人間が人格を有しているならば勝手に連れて行く訳にもいかない。彼は眠るように目を閉じている植物人間にそっと近寄り肩を叩いた。 ゆっくりと瞼が開かれ彼を仰ぎ見た。 「すみません、起こしてしまいましたか。ぼくは××と言います。はじめまして」 彼は出来る限り丁寧にお辞儀をして自己紹介をした。植物人間はぼうっとした瞳で彼を見つめているばかりで口を開こうとはしなかった。しかしそれだけで人格がないと決めつけることは出来ない、慎重にやらなければと思い、彼は彼女の頬に指先を近づけると思い切ってつねってみた。それでも反応はない。もっと強くつねっても変化はなかった。 とすれば植物人間に痛みはないのだろうか。このまま根を引っこ抜いて家へ持ち帰り、更に詳しく研究したいという誘惑が彼を襲った。それでも見れば見るほど人間の姿である部分が彼の共感能力を刺激しうしろめたくさせた。 長いこと植物人間を眺めるうち、ふと彼は止めておこう、これは――この人はここにいるべきだとそう確信した。その山もいずれどこかの者の持ち主なのだから勝手なことは出来ないし、持ち帰ってしまっても育て方が分からない以上枯らしてしまいかねない。植物人間は貴重なものであるから、自分などが手を出してはいけないのだとも思ったそうだ。植物人間の顔はそれまで彼が見たどんな人間よりも穏やかだった、美しかったと語った彼の口調は熱を帯びていたから、もしかしたら彼は植物人間に恋をしてしまったのかもしれなかった。 さてそれから後植物人間がどうなったかというと、さる研究機関が調査の為に採取し研究所に持ち帰った。しかし研究所へ移されて一日持たずに植物人間は枯れ、しなびてしまったそうだ。その報を聞き彼は「そうか」と少し悲しそうに呟いて後は何か思わしげに押し黙ってしまった。 だからどうしたという話ではない。ただそういうこともあったらしいというだけである。 |
2014/01/02 (木) 12:10 公開 |
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