冬の足跡 |
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押利鰤鰤 ◆r5ODVSk.7M |
私の住む町は冬になれば雪が高く積もります。 氷点下になる日が数ヶ月に渡って続くような場所でした。 寒さと除雪に追われる日々には、子供ながらに嫌気がさして、いつか自分は雪の積もらない場所、例えば沖縄に住みたいと思っていたのだけど、沖縄には沖縄の悩みである夏場の台風の直撃が多いという事を知ったのは、随分大きくなってからでした。 年に何度も荒れ狂う風と雨のニュース映像を見て私は、早々に夢を諦めたのです。 「珠子はさ。考えすぎななのよ。いざ住んでみれば以外といけるかもしれないわよ?」 そんな話をクラスメイトの山本光代さんにしたのは高校二年の冬の日でした。 すでに遠くの山に日は沈み、紺色に世界は染まっています。 窓から見える校庭にはすでに雪が積もっており、その向こうの遥か彼方まで続くタマネギ畑の上にも、同じように積もっていて、見渡す限りの雪原になっていました。 「後悔なんて、後になってからじゃないとできないんだから、先にあれこれ考えたって仕方ないじゃない」 私は彼女のポジティブさがとても羨ましかったのです。だからといって、私に同じ考え方が出来るとも思いませんでした。 「どうにかなる事は何もしなくたって、なんとかなるんだって。どうにもならないことはどうやったってどうにもならないのよ。だけど、大抵の場合は命まで取られる事なんかないんだから」 その根拠はどこにあるのか全くもって解りませんでした。ただ、高校生で子供の私たちが言うぶんには許される範囲の事であろうと思っていたし、高校卒業共に私たちは会う事が無くなったので、そんな事も忘れてしまいました。 彼女と私が合わなくなったのは、彼女が世界一周の旅に出たからです。 その後、私は大学に進学したので、実家を出て大学近くで一人暮らしを始めました。通えない距離ではありませんでしたが、交通機関の乱れる冬の事を考えれば、それが現実的な対応でした。 私は特に目的も持ってないのでなんの生産性のない日々だったといました。そんな日々の中で山本光代さんと再会したのは大学三年の冬の事でした。突然私のアパートの部屋に転がり込んできたのです。その腕には天使が抱かれていました。 「高校を出て、アジアを回ってから、中東を抜けて東欧に入ったところでこの子の父親と出会ったの。彼も旅行者で、母国はフィンランドだったわ。妊娠が発覚して、じゃあ彼の母国で生もうという事になったとき、彼に逃げられちゃったのよ。参ったわ。困っている所で知り合ったイタリア人の恋人の紹介で、イタリアの病院でこの子を産んで育てていたんだけど、彼は浮気性で別れたから帰国したの。だけどさすがに私の実家には帰れないじゃない?それで、珠子の実家に電話かけたらここに住んでいるって言うから」 山本さんは玄関先で一息にそう言うと私の部屋に住み着いたのです。 最初は、仕事を見つけて、自分で部屋を借りられるようになるまでと言っていたのだけれども、私が大学を卒業し、就職しても彼女は部屋に住み続けました。 「ねぇ、みっちゃん。私は別に構わないんだけど、茜ちゃんの為にもきちんと先の事を考えた方が良いわよ」 アルバイトで生活費も入れてくれ、掃除に洗濯、食事の用意もしてくれる。個人的には凄く助かっていたのだけれど、娘の茜ちゃんの事を思えば、いつまでもこんな生活をしているべきではないと思っのだ。 「大丈夫だって。貯金もだいぶ貯まったし、来年の春になって、茜が小学生になる頃には部屋を借りてちゃんとするから」 そう言っていた彼女が姿を消したのは、大雪の大晦日の夜でした。ついでに私の彼氏と一緒に消えるというオチがついたのです。 彼氏の事はともかく、困ったのは茜ちゃんの事でした。みっちゃんの両親を捜しましたが、すでに二人とも他界していたのです。彼女は一人っ子だったので他に連絡を取れるところはありませんでした。 それでも、まぁいいか、と言うところが本音でした。 まっ白な肌と、金髪の女の子の母親代わりです。羽根を付けたらまるで天使のような風貌なのです。もう何年も一緒に暮らしているので情も移っていました。今さら誰だか解らない人や施設に預けるという選択肢は私の中にありません。 ただ、このまま二人で暮らしていくのも辛いので、私は事情を話して実家に戻ることにしました。 両親には怒られると思いましたが、二人とも茜ちゃんを見ると実の娘の私より可愛がったので問題はありませんでした。 月日は瞬く間に流れ、茜ちゃんは12歳になっていました。私もそれなりの歳なのですが、結婚する事もなく楽しい日々が流れていたのです。 クリスマスも過ぎ、あと今年も残り僅かとなった年の瀬、山本さんから突然電話があったのです。 近くのファミレスで待っているからと言いました。 私は茜ちゃんと二人で向かいました。途中でお母さんが一緒に行こうと言ったら茜ちゃんどうする?と私は聞いたのだけど、蒼い瞳を先に向けるだけで茜ちゃんは何も言いませんでした。その表情は怒っているようにも、笑っているようにも見ました。ですが、その心の内までは解りません。 「こっち、こっち」 ファミレスに入るなり、みっちゃんに声をかけられました。 彼女は昔とちっとも変わらない笑顔で、手を振っていました。 彼女は私達の前から姿を消した後、沖縄に住んだといいました。一緒だった私の元彼とはすぐに別れたそうです。みっちゃんは沖縄で商売を始めてそれなりに成功し、こうして茜ちゃんを迎えに来たのだと一方的に話しました。 「珠子も一緒に来ない?高校の時に沖縄に住みたいって言っていたじゃない。きっと気に入るわよ」 ああ、この人はポジティブと言うよりも、きっとただのアホだったんだろうと思いました。 とりあえず、その日はいったん家に帰ってから答えを出すと言う事にして山本さんと別れました。 もちろん茜ちゃんも一緒で、帰り道に茜ちゃんはどうしたいのか聞いてみたのです。 「お母さんの顔も覚えていなかったし、わたしはタマちゃんが良い方でいい。タマちゃんはどうしたいの?」 私達は茜ちゃんの中学入学に合わせて、春先に沖縄に移り住んだのです。 でも、楽しい日々は一年も保ちませんでした。 みっちゃんが倒れたのです。 精密検査の結果は胃癌で、結果が出てから三ヶ月後にみっちゃんは亡くなってしまったのです。 最期の言葉は、良い人生だったでした。 商売の方も、みっちゃんが言っていたほど順調ではなく、私が引き継いだのですが、立ち行かなくなるまでそう時間はかかりませんでした。 全てを清算し、一文無しになった私は茜ちゃんを連れて雪が降る生まれ故郷に戻る事にしました。 「なんとかなるって、タマちゃん。命まで取られる事はないわよ」 そう言って、茜ちゃんは駅から実家までの雪が積もった道を歩き出します。 あぁ、やっぱり親子だなと思い、私は茜ちゃんの後を追いかけたのでした。 |
2014/01/05 (日) 01:01 公開 |
作者メッセージ
文芸祭りに出そうと思って書いたのですが、期限直前に投稿しようとしたらフリーズしてしまい、参加できませんでした。保存していなかったので最初から書き直しました。 |
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