青い衝動 |
---|
秋吉君: 創芸戦エキシビション 審査員対決! |
二年目の浪人が確定した。予備校に通うため親元から離れていた俺は一人、下宿の机で頬杖突いて、窓外を眺めていた。公園の桜がふわあっと花びらを撒く。俺は暗い泥沼に沈んでゆく。万年浪人男に春は巡って来ないまま、蝶にも蛾にもなれず、芋虫状態で闇に蠢き一生を終えるのだ。ため息をついた時、 「どぉりゃぁっ!」怒声が響き、建物全体が激しく揺れた。先週隣室に越してきた不審人物。時々奇声を発して暴れ出す。 俺は窓を閉め、携帯を手に取った。上城ゆりかとの過去のメールを読み返す。予備校で知り合った、一つ年下の子。彼女は第一志望に合格し、晴れて女子大生になる。受験が終わったら、告白するつもりだったのに……万年浪人芋虫野郎なんか、相手にしてくれないよな。俺はベッドに倒れ込むと、布団に顔を埋めて、泣いた。 「腐れ外道がぁーー!!」 隣室からの叫び声で目が覚めた。寝入ってしまったらしい。午後八時を過ぎていた。 「かわいい従業員の命が惜しくないのか!?」壁が薄いため、一言一句はっきり聞こえる。電話で話しているようだ。「身代金一億円用意しろ。無理だと言うなら、人質は処刑する。首チョンパだ! 処刑シーンはネットで全世界に配信するぞ!」 おいおいおい。誘拐犯? 警察に通報すべきか……携帯に手を伸ばしたとき、隣の扉が開く音が聞こえた。反射的に俺は駈け出して、玄関を開けた。 目の前に、長身色黒の男。隣には、フライドチキンの看板人形、カーネルおじさん。 「ぬ。見られてしまったようだな」 「い、いや……どうぞどうぞ」何がどうぞ、なのか分からんが。 「坊主、お前もついてこい。見られたからには共犯だ」「んなあほな」「悪いようにはせん。俺か? 俺は妖精だ。さしづめ、椎茸の妖精と思ってくれて構わない。春を探している。人質を処刑するんだ」 「春と何の関係が?」思わず突っ込んでしまったが、男は平然としている。 「世の全ての出来事は、必ず何かと結びついている。何事もスカンジナビアというじゃないか」 男は長峰ジョージと名乗った。長峰はカーネル人形を脇にかかえて公園へ入ると、ビニールテープで人形を鉄棒にくくりつけた。 「坊主、携帯で録画してくれよ。堕落したチキン崇拝主義に制裁を! ジハード!」 そう叫ぶと、金属バットをフルスイング、バットは空を切り裂き、長峰は砲丸投げの選手のように高速回転し盛大に尻餅をついた、瞬間、「野郎なめんじゃねえ!」と逆ギレして立ち上がり、再びフルスイング。今度はカーネルの顔面を真芯でとらえた。ゴスっという嫌な音とともに、破片を撒き散らして頭部が吹き飛び、闇に消えた。 咆吼をあげる椎茸の妖精。感極まってワイシャツの胸元を掴んで左右へ引っ張ると、ボタンがはじけ飛びシャツが裂けた。 「ダメだ! 俺の春はこんなもんじゃねえ!」長峰はもだえた。「しっくり来ねえ! 逃げられたんだ!」 パトカーのサイレン音が聞こえたのは、その時だ。近所の人が通報したらしい。金属バットを持ったボロ服男。鉄棒にくくりつけられた、首のない人形。なんの言い逃れもできん。俺たちは警官二人に腕を掴まれ、パトカーの後部座席へ乗せられた。南無。 「南へ行くさ」長峰が言った。「部屋へは戻らん」 交番で散々しぼられた挙げ句、午前五時に釈放された俺たちは、薄青い早朝の光の中、ようやく下宿の前へ着いた。 「何しに行くんで?」「追いかけるんだよ、春ってやつを」「捕まえられるんすかねえ?」 「何事もスカンジナビア。追いかけ回して地球一周、それでもダメならまた一周」 長峰は人差し指を天に向けるポーズを決めると、にんまり笑って立ち去った。と思ったら芝居がかったモーションで振り返り、「坊主、俺が春を捕まえたら、お前にもお裾分けしてやっから」 長峰ジョージの姿を見たのは、これが最初で最後だ。 ……あれ? 春を追いかけるんなら、北へ行くべきでは……? と気づいたのは、三年後のちょうど今。長峰ジョージは春の進路とは真逆に旅立って、見失ったまま果てたか、それとも、どこかの地点で向こうから突進してくる春と正面衝突したか。 「お弁当つくったから、庵坂へ花見に行こうよ」 台所から、ゆりかの声。「おう」と俺は答えて、机から立ち上がる。……ま、いっか。あの翌年、俺にも春がちゃんと来て、今もこうして、毎年巡ってきてるんだから。 |
2014/03/17 (月) 21:16 公開 2014/03/17 (月) 21:30 編集 |
作者メッセージ
お題は「春の闇」 |
この作品の著作権は作者にあります。無断転載は著作権法の違反となるのでお止め下さい。 |