かいひも |
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蛙 |
がらんどうだ。 誠治はいろいろと持っていってしまった。たくさんのレコードとレコードプレーヤー、せこせこと集めた漫画。広辞苑。カクテルセット。変な民族工芸の店で買ったペンギンの木彫りの置物。全部私のお金で買ったもの。 「おれのために買ってくれたんだから、おれのものだろう」 と恥ずかしげもなく言いやがったあのツラを思い出すと、怒りと羞恥といとしさがごっちゃになって、叫び出したくなる。ふつふつとおなかの中が煮えたぎる。わたしのなかの水分がぜんぶ蒸発してしまえばいい。自然発火してしまいたい。 ぐるりと部屋を見渡す。いや、がらんどうじゃない。冷蔵庫もテレビも本棚もある、広辞苑はないけど電子辞書がある、テーブルがある、炊飯器がある、なのにどうしてからっぽなんだろう。髪をかきむしる。これでよかった、これでよかった、とからからに渇いた口からひねりだす、これでよかった。もうお金はなくなんない。私は好きな服だって、好きな漫画だって、センスのいい北欧系の家具だって買える。これから埋めていくんだ、だからからっぽなんだ、これがきぼうえのだいいっぽなんだ。だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶと連呼、息が続く限り、そうしてぐっと飲み込む、あごががくがくして酸素が必要になるまで息止めて、ぽ、と口を開けると、喉の奥からがらがらの呻きが漏れる。「あ、あ、あああああああああああああああ」と、一呼吸おいて、また「あああああああ」と、 ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!殺してやればよかった!!!!!!!どうせなにもかもなくなるんなら殺してやればよかったんだ、達成感と前科だけでも残っていたのならどんだけましだったんだろう、めった刺しにしてやればよかった、レコードを叩き割って死体の口に詰めてやればよかった、レコードの穴に短小ちんこ突っ込んでやればよかった、広辞苑で頭かち割ってやればよかった、腹に穴あけてペンギンの置物突っ込んでやればよかった、写真撮ってフェイスブックに“ペンギンを宿した男”っていう題名でアップしてやればよかった。 いまごろあいつはあの女のとこに転がり込んでいるんだろう。レコードと漫画と広辞苑とペンギンを持って。私はのたうちまわりながら、自分を傷つけるために想像を膨らませる。あの女はどんな顔するんだろう嬉しそうな顔するんだろうなあ、レコードの山見てやっぱり誠治くんはセンスいいねーなんて言うんだろうなあ、セックスするんだろうなあサルのように、ああもっと罵倒してやればよかったシモの方も。あんたとのセックスは全然よくなかったよ私がどんだけ冷めた気持ちであえぎ声出してやってたかわかってんの、あんたの短小つっこむくらいだったらキュウリでも突っ込んでたほうがよっぽどましだったわ、そうすりゃじぶんでテクニシャンだと思い込んでるツラ見なくてもすんだんだから、そうだあんたその広辞苑ちょっと貸しなさいよ、ひとり-よがりっていう欄にあんたの名前足してやるから、って言ってやればよかった。あいつの脳裏に焼き付けてやればよかった。これからセックスするたびに思い出すように。 罵倒が頭のなかでリフレインして、私は爆発しそうになる。あふれそうだ。あいつに言わなきゃ、ちゃんと言わなきゃ。携帯を手にとり、誠治の名前を探す。タップ、タップ、タップ!画面が番号を映し、呼び出し音が鳴る。とぅるるるる、とぅるるるるる、と繰り返したのち、留守番電話サービスにつながる。いつものことだ。誠治はぜったいに電話に出ないけれど、留守電をちゃんと聞いて、消して、それでいて決して私を拒否しない。ピー、と音がしたので私は叫ぶ。 「ねえでんわでてよおねがいだから、うそだよ、かえってきてよ、ひとりはいやだ、だいすきだよ、おねがいだからでんわでてよ、こえききたいよ、ねえ、おねがいだから、なんでもかってあげるから、ねえ」 私はいつだってことばがたりない。 |
2014/03/24 (月) 00:59 公開 2014/03/24 (月) 01:05 編集 |
作者メッセージ
乙女。 |
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