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桜屋敷
ピアフ
窓辺の机に残るのは使われなくなった手帳。閉じられたままの本。
インクの乾いた万年筆。長靴の形のインク壺。

 ――そして私。
 あの日、病院へ行った日、手をつないでいきましたね。
 寒くてあなたの手のぬくもりを感じて、不安でしたけれど神様がいるなら私からあなたを取り上げるなんてことはしないだろうと思っていたのです。
 だから、これはデートだと思って明るく振る舞ったのです。
 伝わっていましたか。

 あなたは今、どこにいますか。神様なんていない世界なのに。道に迷っていないか心配です。
どこか良い場所に向かっているのかしら。
私を幸せにしてきたあなたは良い場所が用意されているはずよ。
 苦しんだのは一瞬だった、と先生に言われてそうでしょうとも、と思ったのよ。
死ぬなんて非道を受けるのですもの、せめて苦しまないようになっているはずよ。
 でも、ほんとうはよくわからないの。どうしてあなたが死ななくてはいけないのか。
 それを知りたくて、だから気づけば「どういうことですか」って神様に聞いてしまうのよ。
 どうしてこんなことが起きるの。どうして。ねえ。ひどいわ、神様。ばかね。神様なんていないのに。私、まだわかってないのね。
 あなたがいない世界は、わからないことばかりです。
 でもわかったこともあるのよ。
 泣いて泣いて、吐き気がするほど泣くと、寒くて身体が震えることを知りました。
 あなたのぬくもりが恋しい冬でした。

 もう春です。
 窓からは庭の桜が盛りを迎えようとしているのが見えます。
 枝に止まった雀が、こちらを気にしながら桜の花の蜜を楽しんでいます。
雀が食べたあとの、くるくると落ちる花がとても綺麗なの。
五枚の花びらがきちんと揃った形をしているのよ。
あなたに見せたいわ。それとももう見ているのかしら。
 骨になったあなたと違って私にはまだ目もあるのに、あなたが見えないのが不思議です。

 今、あなたが書斎と呼んでいた、部屋の角の机を片付けているところです。
 私が触るのはよくないのでしょうけど、仕方ないわよね。許してくれるでしょう、ね。
許してくれないなら、夢に出てきて怒って下さい。待ってます。

花が咲くようにあなたもどこかで生まれていればいいのに、と思います。
 私はどんなあなたでも見つける自信があるわ。
……ねえ、あなたは笑うかしら。
 私、さっきから窓辺の枝にいる雀があなたじゃないかなあって思ってるのよ。
あっているなら、合図を頂戴。

女が窓を開けると、雀は花を机に落として飛び去った。
2014/03/31 (月) 07:54 公開
2014/03/31 (月) 08:00 編集
作者メッセージ
乙女?
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