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踊るあの子はコン 第三話
オオバ: 全部書き終わるまでどのくらいかかるかなあ。。
「入って」と、舞姫は言った。
 言われた通りにする。まだ日中だというのに仲は薄暗く、天井から吊るされた電球がぼんやり、まるで死にかけたホタルのお尻のように光っている。奥からギシギシと床のきしむ音をたてながら、女将らしき皺のある女性が暗闇から浮かび上がるように現れた。
「こちらがお母さん」
 舞姫はニッと笑って、それは暗闇の中の鬼火のような存在感を放っていた。
「どうも」
 と、僕は片手をあたまにやり、会釈する。
「どうも、舞姫の母でございます」
 と、彼女は品よく流暢にこうべを垂れた。
「ね、わたしのお母さん。似ている?」
 舞姫は母と並ぶと、おどけて舌を出してみせた。僕は見比べる。顔の輪郭が似ていた。台形を逆さにして角を丸く削った感じ。額から垂れる鼻の短さも似ていた。だけど瞳がまったく違う。女将のそれは老齢を重ね、おもたくまぶたが垂れ下がり、その隙間からは千年先も推し量るような鷹のような、それでいて突如ふっと消えてしまいそうな微弱な生命力を感じさせる眼光が、顔を覗かせていた。まるでそれは、仙人のような存在感、と思ったが次の瞬間仙人ってなんだと自分に笑いがこみあげてきた。だがもう一度見ると、何か普通の人間とは違う怪奇な力が彼女から放電されているように、僕の感性の部分が反応してしまうのだ。僕は無意識のうちに眉をひそめていたことに気づき、ぱっと顔をなおした。
「やっぱり親子ねえ」
 と。女将は呟いた。僕には意味がわからなかった。彼女は僕の方に向きをなおして、
「わたしとあなたは似ているの。根の部分がね」
 突然極楽浄土の安らぎでも知っているかのような。この世のものとは思えないはかなげな微笑みを僕に向けた。まるでまばゆいシャワーを照射され、動けなくなったアンデットのように僕は硬直した。とにかくこの人から放たれる代物は普通のものに見えない。なにか不気味な感じがある。
「わたしはお父さんに似ているらしいの。明るいところが」
 舞姫の屈託のない無邪気な甘い声がこの緊張感をガラスを粉々にするかのように割ってくれた。僕はイメージする。舞姫の明るい気の波にサーフボードを浮かべ、その上に乗ってどこかしがらみのない遠くへ行きたい。僕は彼女を見る。
「さあ上がって」
 と、彼女は言った。僕は靴を脱いで両足を木の床におく。ギシ、ギシ、と木がきしんだ。それは食道がものを飲み込もうとするときの音を思わせた。後ろを見る。舞姫はまざりもののない笑顔で小首を傾げた。僕は息を呑んで前を見る。そうすると、女将はいつのまにか空気に分散したように消えていたのだ。いつの間にか。

 日没後、客室で僕ははやめに布団をひき横になっていた。今日一日に疲れたからだ。目をつぶり、夕の食卓を思い出す。ここの食堂は狭い部屋にできる限りのテーブルと椅子を詰め込んでちょっと窮屈だった。その一角を舞姫と陣取り、夕食をとった。彼女は食べるときも太陽光を受ける真夏のひまわりのように明るく、きらびやかに光っていた。まるで僕の闇を照らすように。
 客室の天井を眺め、目をつぶる。
「お前はわたしの前にひれ伏すのよ」
 突然舞姫の声が聞こえてきた。僕は目を開け、起き上がる。そして辺りを見回す。……誰もいない。やけにはっきりと耳元で聞こえたんだ。僕は廊下に繋がるふすまを開ける。
「何でも裏があるにきまっているでしょ?」
 また聞こえた。舞姫の声だ。今度は廊下の向こう側から聞こえた。額が汗ばむのがわかる。僕は聞こえた方へ行く。
「わたしはあなたの魂が欲しいの。あなたもそれを願っているんでしょう? どうせ生きていてもしょうがないと思っているんだから。けなげに穢れた自分が食べられるのを待っていなさい。……フフフ」
 気が狂いそうだった。あの純真無垢な舞姫の声が僕を襲う。僕は一刻もはやく、この宿を出ていかなければならない信念みたいなものが芽生えた。あわてて外に出る。
 夜風が冷たかった。あの民宿からできるだけ離れることを考えて歩く。
「アナタハ、ワタシノモノ……、ダレニモ、ワタサナイ……」
 聞き覚えのある声だ。亡くなった彼女のもの。そして僕はやっと今全て理解した。これは全部幻聴だ。予防する薬を飲んでないから症状が出たのだ。昔の彼女の亡霊……。冥界から僕を愛しているのだ。手段を選ばず、僕を手に入れようとする。ひたむきな愛。独占欲も愛情表現。迷惑だ、と僕は思った。さっきの舞姫の声は、僕をここに呼ぶための魔手。駄目だここにいたら。戻ろう宿に。ここは昔の彼女の胃袋の中のように思えた。途端に気味が悪くなる。
「御藤さん!」
 振り向くと舞姫がいた。困惑を隠せない様子で、目尻に涙がたまって今にもこぼれ落ちそう。舞姫はさっきの幻聴のような人間なんかじゃない。僕は安堵のため息をついた。そして、多くを語らず、
「ごめん」
 と言った。
 彼女はただ黙り込んで、僕の袖をつかみ、ふたりは冷たい夜風が吹く中帰路に着く。
 宿の玄関を開けると、女将が腕組みをして立っていた。僕と目が合う。
「逃げたら呪い殺してやろうと思ったのに」
 え、と僕は目を泳がす。そんな僕の反応に女将は怪訝に小首を傾けた。

2014/04/11 (金) 21:16 公開
作者メッセージ
いやー、iphoneのゲームにはまって、あれ色々あるから困るねえ。
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