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踊るあの子はコン 第四話
オオバ: 推敲する時にかける音楽はラルク。
「どうしたの?」
 舞姫が解せない顔をして僕の顔をのぞきこむ。僕は理解した。また幻聴なんだと。苦難の色を示して吐息をつく。
「さっきもそうだ。幻聴が聞こえるんだ」
「その幻聴ってたとえば今はなんて?」
「”逃げたら呪い殺してやろうと思ったのに“って。女将さんの声で」
 舞姫と女将は顔を見合わせると、たからかに笑い声をあげた。僕は笑われて安心した。もしかしたら幻聴はわからない領域をネガティブに捉えて現れるのではないか。だとしたら闇の部分を光で照らし、意思をくじかれないようにすればいいのだ。そしてふと思った。幻聴は安易なこころの挫折を欲する願望から生まれるのではないか。
 舞姫と女将は笑いによる目尻の涙をぬぐい噴き出しそうなのをこらえるように「もう遅いし眠ろう」と言った。僕は同意する。そしてそれぞれの部屋に別れた。
 布団に入り天井を見る。暗闇に目が慣れ天井の木目が人の顔に見えた。まるで両側から圧力が加えられ、顔は歪み、声にならない悲鳴をあげているような。それがやけに醜く見えて嫌だった。
「お前は死にたがっている」
 突然の声だった。妙に切実な響きのある野太い声。僕は顔に血管が浮かび上がるような嫌悪感を覚えた。死にたがっているなんて僕のどの心が口にしているのだ。
「お前はこの世界のめぼしい刺激を一通り覚えた。その繰り返しにむなしさを感じているはずだ。飴があるから鞭を我慢できる。しかし飴がもはや飴でなくなった時お前は気が狂うだろう。この世で生きるという鞭に耐えられなくなる。お前は神が気まぐれにつくった、ひずみの裂け目に落ちる。可哀想な子だ。アハハハハ」
 その野太い声は何かの信念に裏打ちされたような得体の知れない力強さを持っていた。まるで運命を信者に宣告する教祖のような。僕は急に胸が高鳴ってなかなか寝つけられなかった。長い時間をただひたすら天井を見て過ごし、そして時期に意識は暗い海の底に落ちていった。

 空は一面薄黒い雲に覆われ、爆音とともに何度も雷が落ち、横殴りの雨が僕の身体を叩いて水浸しにする。下は漆黒のうねる海が荒れ、その上に割り箸が浮かぶように、どこまでも細い道が続いている。その遥か遠くに銀色の光が見えた。僕にはそれが舞姫に見えたのだ。
 あそこを目指す。
 その時、
「ヒヒヒヒヒ」
 どこからともなく奇妙な笑い声がした。まるで首を小刻みに振動させて笑うような。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
 四方から聞こえてくるが声の主が見当たらない。もしかして、海の中からか?
「ヒヒヒヒヒ」
 空が突然紅色に変色する。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
 不気味な笑い声。頭が変になりそう。一体何なんだ。この笑い声が終わると悶え苦しむ女のうめき声が聞こえた。
「ツメタイ……、サムイ……、サビシイヨウ……」
 キンと冷えた、氷のような声。
 その時目の前の道の真ん中が突然泥に変化し、その中からちいさな白い手がにょきっと天に向かって突き出した。その手は地面の硬いところを掴むと、ぐにゅっと泥の音を立てて、顔から胴体が外気に晒された。そして脚をいのっそりと上げ這い上がる。
 それは泥にまみれた昔の彼女だった。彼女は僕に近づきながら、
「ネエ、ワタシヲ、アイシテル、ッテイッテ……、ネエ、トテモ、サビシイ……ノ」
 その声はやけに艶やかに響いた。それはチョウチンアンコウの疑似エサのような、なにか触ってはいけないともうひとりの僕が頭の中で呟く。彼女はのっそりと足を重たそうに交互に動かし、近づいてくる。僕は後ずさりする。その時、背中に柔らかい何かがぶつかった。後ろを振り返る。すると昔の彼女がもうひとりいた。彼女は微笑んでいる。僕は慌てて離れようとするが、彼女の腕が僕の両足に絡みつき、僕は倒れた。
 別の昔の彼女達がぼくの両腕にのしかかり僕は起き上がれない。ひとりが僕のズボンに手をかけた。僕は暴れようとするが手足をおさえられ、胴体が微動だにするだけで自由がきかない。ずぼんを完全に剥ぎ取られ、僕はわけのわからないことを叫んだ。自分でも何を言っているのかわからなかった。下着を脱がされ僕の両足の間に情けなく曲がったものがあらわになった。やけにぬめった空気が僕の両足のあいだを撫で、僕は恥ずかしい気持ちになった。
 ひとりがそれを舐める。僕は得体の知らない粘着物でぬめぬめ触られているみたいで気味がわるかっただけど舐め続けられる。まるで犬が大事な骨を愛しく舐めるように。そして突然、大事なところを噛まれた。僕は小さな悲鳴をあげる。心臓の鼓動が早くなった。僕は見る。裂けた口が笑みをつくり目の玉があるべきところになく、黒い窪みができている。そしてその顔が、首が伸び僕の顔に近づいてきた。口から蛇のような長い舌が僕の鼻の頭を撫でた。ねっとりとした粘液が付着するのを感じた。それは化物の得体の知れない体液がついたような気持ち悪さを覚え、鼻の頭がかゆくなったが手の自由がきかなくて擦れない。
「コレハ、ワタシノ、モノ……」
 彼女は呟いた。僕はもはや口ごたえする気力を失っていた。
「コレハ、ワタシノ、モノ……」
 最後に彼女が呟いた時、どこか悲しげだった。

 そして朝が来た。窓からは健康的な日光が、薄暗い部屋をさしていた。

2014/04/12 (土) 19:39 公開
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感想・批評
おお、作風が変化したような展開をしましたね。
読んでますよ。
1:<DVFMD7Eo>
2014/04/13 (日) 20:13

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