踊るあの子はコン 第七話(最終話) |
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オオバ: いやー、ここで終わりです。 |
「馬鹿だね」 舞姫の声、、ああ、君の人差し指をけがしたい。僕の秘部で。男は、自分のそれを入れるため入念に指を出し入れした。その行為を舞姫がやっているんだと彼女の妖艶な顔を想像した。 「馬鹿だね」 もっと言ってくれ。僕はゴキブリだ。ゴキブリのようなけがれた生命力でこの世を生きるのだ。 鷹島さんのものが入る。これは気持よくなかった。一言でいえば痛い。強姦されている気分だった。鷹島さんのものが一杯に入ると脱糞するような感覚を覚え、僕は出ないようにとと願ながら鷹島さんのそれからそれから精子が出るのを待った。 「ああ! ああ!」 鷹島さんの息づかいが激しくなる。はやく出してくれ! この不快な思いから開放させてくれ! その時僕の中で男の温かいものが流れるのを感じた。男のそそり立つ自分の竿を、ゆっくり僕から抜いた。僕は中のものを出そうと力を入れると、ブリュッ! と大きなはしたない音とともに肛門からジェルと精液の混ざりものがでた。鷹島さんは腹をかかえて笑った。僕は気分を悪くしたがそれを外に出ないように努め真顔でいると、 「いやいや失礼。中から液体が垂れ流しているのも気分が悪いだろ。シャワー室にいってそこで出してきなさい」 僕は言われた通りにした。それから鷹島さんと添い寝をする。まさかこんな経験をするとは思わなかった。男は安らかな顔をして眠っている。ここで肘打ちしたらどうなるだろう、と思ったが想像の中だけで済ませた。僕も眠ろう。せめて安らかな夢を。 僕は白いタイルに囲まれていた。ここに見覚えがある。……シャワー室だ。ガラス扉の先は真っ暗。あそこで鷹島さんが眠っているだろう。その時扉が開いた。甲高い音をたてて。中から少年というのに相応しい背丈の子供が走って、シャワーの前で立ち止まった。少年はこちらを振り向き、僕は驚いた。顔が舞姫なのだが首から下が少年の体。これは夢だと気がついた。舞姫の顔は、人懐っこく、しかし寂しさが漂う笑みを浮かべ、栓をひねった。ザァアアと、温水の雨が降る。少年は手招きする。僕は舞姫の顔をした少年と密着した。雨粒が、僕らの体に当たり跳ね返る。大量の温水が僕らの体の表面のけがれを流れ落とす。ぼくはこの夢の意味を理解した。僕の男に犯されたけがれた体を清めにきてくれたんだろ? ぼくは嬉しかった。次の瞬間、くすんだ白いタイルが次々に輝きを取り戻しこの部屋がまたたいた。白いタイルにぼくの姿が映る。いつの間にか僕も少年の体になっていた。僕は舞姫の少年の体に抱きついた。そしてめいいっぱいキスをする。それだけでは足りない。もっと舞姫が欲しい。舞姫の舌にぼくの舌を絡める。大好きなんだ、舞姫。僕はこの気持ちをどう処理すればいいのかわからない。舞姫を座らせ彼女の足の指を舐め尽くす。 その時大きな笑い声が聞こえた。上を見る。すると上には天井がなく、巨大な鷹島さんの顔が闇をバックにこの部屋全体を見下ろしている。彼は口をあけた。すると、中から大量の唾液が下に降り注いだ。そして海ができる。唾液の流れになす術がなく舞姫の体がさらわれてしまう。待ってくれ! もっとこの時間を過ごしたいんだ! あの男め!! ぼくは思いつく言葉の羅列の限りを尽くし、大声で怒鳴った。まるで心が裂かれる苦しみを忘れるように。 「――君、大丈夫か?」 鷹島さんの声で、目が覚めた。 「突然大声をあげるから、びっくりしたよ」 「……そうですか」 ぼくは、夢の名残から、内容を思い出そうとする。 舞姫……。 「そういえば、君はどうしてこんなことをはじめたんだい?」 男が煙草をふかしながら言う。 僕は事情を話そうか迷ったが、結局言うことに決めた。話し終わると、男は灰皿に短くなった煙草をひねり潰し、 「俺んところは、障害者の職業支援をやっているんだよ。あ? 来るか? ははははは」 ぼくはまた迷った。最悪、連れ戻されるかもしれないが、舞姫がこんなことをやらせるんだ、それは彼女のところにいつまでも、居られないことを意味しているのではないか。僕は衣食住を確保しなければならないのだ。 「実はぼく、精神病院を逃げ出してきたんです」 「ははん、それで……、こんなとこ来るなんて、ものすごい行動力だなおい。よし! 買った! お前、ウチんとこ来いよ。あ? 大丈夫。その精神病院に送り返すようなことはしねぇよ。こんなことも? しなくていい。のんけが無理すんな。大体、おれが買っといて言うのもなんだが相手が病気持ちだったらどうするんだ? 自分の体を大切にしろ。おれ? おれか? おれはいいんだよ。こんな人生に未練はない。エイズだろうが、B型肝炎だろうが、竹槍だろうが、持ってこいってんだ。ははは」 電話番号を教えてもらい光の扉が開けたような気分になった。僕の中で舞姫も喜んでいる。踊るように笑っている。僕はおじさんと別れ気持ちの良い朝日がふりそそぐ中宿に戻ったんだ。 宿を前にして、ぼくは異変に気がついた。あの建物はもともと古かったが、さらに古さが増してレンガはとても黒ずんでいるし入り口の扉は地面に倒れている。古びているというより朽ち果てていた。とても人なんかは住んでいるような感じではない。ぼくは慌てて中に入った。 階段が途中で穴があいている。とても二階には上がれない。ぼくが男と寝ている間に何が起きたのだ。奥に進むと穴の開いた天井から、斜めに日の光が射している地帯があった。僕はそこに立ち、穴から日を見ると思わずまぶしく手を覆った。闇の中に射す一筋の光。まるで初めて舞姫に会った時の僕の心の中のようだ。舞姫。ぼくは力なく膝をついた。 「コン」 どこかで聞いたことがある鳴き声だった。ぼくはその方を見る。 するとキツネ二匹が体をよせあってぼくを見ていた。その一匹は半開きのまぶたの間から、はかない眼光を灯していた。なにか、幽玄なる深みのある瞳。まるで、会ったばかりの頃の、女将のような目。もう一匹は、どこか微笑んでいるようにも見える。まさか―― 「舞姫と女将さん……?」 「コン!」 微笑んでいるように見える方のキツネが、嬉しそうに宙を円形に舞った。 その時、はっとした。 「君はもしかして、あの山でぼくに石を投げられたキツネなのかい?」 「コン!」 また嬉しそうに宙を舞う。 ぼくは思い出す。あの児童館の中での出会い。彼女がぼくの悲しみを欲しいと愛してくれたことを。石を投げられてもぼくを助けてくれた。 「――そうか、これは、キツネの魔術だったんだね」 幽玄なる瞳をしている方がにやりと笑ったような気がした。 そして、 「さよなら」 舞姫の声が、頭に響いたような気がした。 「――さよなら」 ぼくは小さく頷いて、彼女らに背をむけた。外に出ると、朝日のきらめきが、ぼくの涙のように輝いていた。 |
2014/04/19 (土) 20:51 公開 |
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