じやむぶりいのをる岸 |
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狸阿山人作: 詩 |
篩で海にゆかんとす、ゆかんとす、 篩で海にゆかんとす。 朋友(とも)の止めもいかにせん、 冬の朝方、時化の間に間に、 篩で海にゆかんとす。 篩はめぐる、幾重もめぐる、 人皆叫ばん「汝等は溺れむ」 答へて曰く、「決して篩に幅はなし、 案ずることはなにもなし、産むが安しと云ふが事、 斯くて我等はふるいの海に」 はるけしはつかしはるけしはつかし、 じやむぶりいのをる岸へ。 みどりなすかうべ、かいなのあを、 其れを求むる其れ故に、篩で海にゆかんとす。 篩の船に帆をさして、帆をさして、 篩の船に帆の疾し。 豌豆(えんど)の色なす紗の幕を、 帆に添ひ結ぶは飾り紐、 細き煙管は旗ざをに。 過ぐるを留めし人は皆、 「あゝ哀れ、転覆するは必定乎。 暗きと見ゆる空の色、長き旅路を思へこそ、 如何なる難に見舞はれて、深く過ち悔へば好し、 篩の船は斯く疾し」 はるけしはつかしはるけしはつかし、 じやむぶりいのをる岸へ。 みどりなすかうべ、かいなのあを、 其れを求むる其れ故に、篩で海にゆかんとす。 篩の船に水のあふるる、水のあふるる、 篩の船に水のあふるる。 なべて均しく重ねたる、桃色紙に其の足を、 留め針刺して落ちぬよに、包みて乾くを待つ許り。 瀬戸の器に身を隠し、夜の過ぎるを惟俟ちぬ。 数居る内より声上がり、「斯くも賢しき我等にて、 空が暗きと見ゆるとも、長き旅路に迷へども、 過ち事と思ふまじ、仇し事とは思ふまじ。 篩と共に巡る内」 はるけしはつかしはるけしはつかし、 じやむぶりいのをる岸へ。 みどりなすかうべ、かいなのあを、 其れを求むる其れ故に、篩で海にゆかんとす。 幾夜徹して帆休らはん。 日輪も亦休らはん。 鼓腹撃壌の歌聞こゆ、 谺の如し、銅鑼の如、 山の翳濃く見ゆるなり。 「噫大器晩成、幸なる哉。 篩に幾夜過ごしたるか、瀬戸の器に幾夜過ごしたるか。 月影淡く棚引く長夜、 得手に豌豆の帆を上げて、 山の陰濃く見る迄」 はるけしはつかしはるけしはつかし、 じやむぶりいのをる岸へ。 みどりなすかうべ、かいなのあを、 其れを求むる其れ故に、篩で海にゆかんとす。 西海へとぞ漕ぎ出でぬ、篩の船は漕ぎ出でぬ。 岸は緑に覆はれぬ。 梟一羽、荷籠一台、 飯の一盛り、蔓苺(いちご)菓子、 銀蜂の巣に、豚一頭、 黒丸三鴉はみどりなす、 飴棒如き手愛玩猿、 四十の瓶にて囲はれたる、 円盤の外、数多の青黴乾絡。 はるけしはつかしはるけしはつかし、 じやむぶりいのをる岸へ。 みどりなすかうべ、かいなのあを、 其れを求むる其れ故に、篩で海にゆかんとす。 古里(ふるさと)立ちて年月は、 二十(はた)とせ経ちて戻りけり。 見(まみ)えし人は皆云ひけん、「いと丈高くなりたること、 思へらく、湖やら危うき場所に住みし故か。 茶抜の墓畦の丘なれば。 蟒蛇杯となりにけん。酒池肉林の愉しさに、 酵母肉輪に囲はれり。 人皆云へらく、「独り身なれば、 ゆかましものを、篩で海を船出して、 茶抜の墓畦の丘へとぞ」 はるけしはつかしはるけしはつかし、 じやむぶりいのをる岸へ。 みどりなすかうべ、かいなのあを、 其れを求むる其れ故に、篩で海にゆかんとす。 |
2014/05/15 (木) 20:33 公開 2015/04/10 (金) 02:33 編集 |
作者メッセージ
真愚名訳。 |
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