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鰤鰤タイム14/06/03
押利鰤鰤 ◆u1pBPPGUww: ぶりぬり
■悪筆

 小学六年生から始まった引きこもりの日々から卒業し、アルバイトを始めた甥っ子の正壱だったのだが、二ヶ月ほどで終止符を打った。
 もともと一日持つかどうかと思っていたので、それからすればかなり持ったと言えるのだけれども、いきなり客商売はハードルが高かったのかも知れない。
 そんな正壱は、小学生の頃から何ら進歩のない知識と常識を変えるべく、みずからいろいろと動き出しているようなのだけど、その一つが字の書き方の練習である。
 五十音の書き方を、二十歳になってから始めたのである。

 しかし、私もあまり甥っ子のことを言えたものではない。
 自分自身が悪筆なのだから。
 どれくらい汚いかと言えば、自分で書いているのに、ときどき読めない時があるくらいである。
 そんな話を会社帰りの車の中で、後輩にして、上司であるO君としていた。

 「天才には字が汚い人が多いんだって、テレビでやっていたよ。思考に手の動きが付いていかないとかなんとか言ってた」

 そう言うとO君は遠い目をして言う。

 「大丈夫ですよ。猿が木から落ちたって、弘法も筆を誤ったってあなたが天才と言うことはありませんから」

 「ベストセラー作家にも字が汚い人が多いらしいよ。その字を解読できる人が担当編集者になるとかで」

 「印刷工がベストセラー作家になんてなりようがないから問題ありませんよ。天才と馬鹿は紙一重って言うじゃないですか? あなたはどう見たってただの馬鹿の方です」

 「ツッコミに愛がないよね。愛がないツッコミは笑えないよ」

 「芸人を目指しているわけじゃありませんからいいんですよ。そもそも笑いを取りたいわけでもありません。ただ、現実っていう奴を見やがって下さいって言うだけです」

 「そうか、俺は紙一重で馬鹿なのか。惜しいことをしたものだ。あとほんの少しで俺は天才だったのに」

 「ほんの少しで天才とか何ですか。少しも何もありませんよ。馬鹿はバカしかないんです」
 
 しかし、いくら親しいとは言えども、十も離れた後輩に馬鹿バカ言われるというのも面白くないもので、私は少しムッとしながら言うのであった。

 「いいかい?俺は確かに馬鹿かも知れないが、あんまり馬鹿バカ言われるのも、いくらM属性とは言えども面白くないものだよ。できれば可愛い女の子に足蹴にされながら言われたいと願う」

 「それはどうでも良いとして、馬鹿の他にアホと言う言い方もあるじゃないですか? 馬鹿とアホって何が違うんですかね?」

 「馬鹿というのは、頭が可哀想な奴だな。アホは行動がおかしい奴の事なんじゃないだろうか?」

 「馬鹿な事を、わかっていてやっている人をアホと言えるでしょうね。計算高い人」

 「俺は馬鹿と言われるよりも、アホと言われる人になりたい」

 「馬鹿でアホですから大丈夫です」



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 創作文芸板で1000文字小説というサイトを見つけたので、そこに投稿するために、以前アリの穴に投稿したものを短くしました。
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 ■秋桜 1000文字バージョン

 「こんばんは」
 そう言いながら、片手にビールを持って、押し入れから私の部屋に入ってきたのは、幼なじみの千秋だった。
 夏も終わり、冷たい夜風が僕の部屋の中に流れ込む。
 それと風呂に入ったばかりなのか、乾ききっていない腰まである黒髪から放たれる、シャンプーの香りが部屋の中に漂っていた。
 「もうお互い42なんだからさぁ、屋根裏で繋がっているからって、押し入れからはいって来ないでよ」
 私はちょうどレンタルDVDを借りてきて観ていたところで、彼女は何も言わずに私の隣に座り画面を見始めた。
 その横顔は36年前に初めて会った時と少しも変わっていない。
 私が今住んでいる二軒屋に引っ越してきたのは5歳の頃だった。
 隣に住んでいたのが千秋の家族で、歳も同じだった私達はすぐに仲良くなった。
 だけど成長するにつれて交わす言葉も減り、高校からは通う学校も変わり、おまけに千秋一家は近くに家を建てて引っ越していったので会うことも無くなった。
 十年以上経って再開した時、彼女が変わっていたのは結婚して名字が変わり、旦那さんと息子がいたくらいである。
 ちょうど空いていた、以前に千秋一家が住んでいた私の家の隣に引っ越してきたのだった。
 しかし今は旦那さんや息子はその家にいない。
 交通事故に巻き込まれ、亡くなったのは一年ほど前のことだった。
 私の部屋を訪ねてくる様になったのはつい最近の事だ。
 特に会話もなく映画も終わり、窓の外を見ると空が青白くなり始めていた。
 千秋は帰ると言った。
 押し入れを開けて入って行く時に、千秋は私を両手で抱きしめると優しい声で言った。

 「そろそろ目を覚ましなさい。もうこの家は古くなって解体されて無くなっているし、あんたは別な場所に住んでいて、私も別な場所に住んでいるの。旦那と息子は交通事故で死んでなんかいないし、家族三人で幸せに暮らしているのよ。あなたは不摂生で体を壊し、病院で死にかけているのよ」

 千秋は腕をほどくと、そう言って去ってく。

 「……いいじゃないか、夢の中でくらい」

 目覚めると私は病院のベッドの上で、点滴やらチューブやらが体に繋がっていた。
 親から聞くと助かったのが奇跡的な状態だったそうだ。
 退院して最初にした事は、昔住んでいた家が建っていた場所へ行ってみた。
 雑草が生い茂り、その片隅に、たしか千秋が小学生の頃にタネを蒔いていた秋桜がひっそりと咲いて風に揺れていた。

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■健康診断

 ゴールデンウィーク明けに会社で行われた健康診断の結果が戻ってきた。
 自分自身の結果としては思った以上に悪くなくて、再検査というような状況になることもなかった。
 検査前は隊長不良もあり、今年はかなり悪いのではないかと思っていたのだけど、血圧と血液、肝臓がちょっと要観察と言うだけで、あとは問題ナッシングであった。
 社内の方では再検査(主に血便)で引っかかった人が数名いるのだけど、働き始めて既に二十年以上が経つのだけど、再検査に行った人を見たことがない。
 きっと、再検査で悪いところが見つかってしまうと怖いので、再検査に行かないのではないのだろうかと思うのだけど、それを確かめる手段はないのである。

 「四十過ぎのオッサンより引っかかっているとはどういう事なんですかね」

 そう言ったのは、後輩にして、上司でもありO君であった。
 休憩時間に、彼の持つ診断書を見せてもらうと、確かに主食がインスタントラーメンである彼の普段の生活を見てみれば、納得の数字と言えるであろう。

 「君も三十過ぎのオッサンだからだよ。若き日々というものは、既にとっくに無くなってしまっているのだから」

 「なんかムカつきますね。でも、あなたもきっと長生きなんてできないから、むしろ同情しますね。その歳でもう血圧が150とか、すでに通院レベルですよ」
 
 「アルバイトのTさんなんか、健康診断が終わってすぐに総務課長が、検査に来ていた人に呼ばれて、もう危ないレベルですよって言われたらしいぞ。ぽっくりいつ逝ってもおかしくないとか。それに比べたら俺らなんて、まだまだ健康体に分類されるだろう」

 「Tさんはヤバイですね。元々酒飲みで、今じゃ立派に指先がプルプル震えていますからね。休憩時間に自分の車の中で休憩している時に飲んでいる水筒の中身は、ウィスキーじゃないかという噂もありましたよね」

 そんな話をしていると、休憩室に入ってきたのは営業のM君だった。
 大学の経済学部を卒業後、警察官を目指して採用試験を受け続けたが、受かることなく、アルバイトと競馬に30を過ぎるまで費やし、始めて正社員になったのが、我らが勤める会社であった。
 本人も、訳のわからないままに営業として採用され、怒られ要員として今日にいたる。
 残業は月に200時間を越え、休日出勤は月に4回はしているという強者である。
 年齢的には私とO君のちょうど間であるのだが、入社して7年間、一度も昇給していない給料の手取は14万8千円。
 普通に同じ時間をアルバイトしていたならば、その倍は貰えてもおかしくないのであるが、正社員という立場にのみしがみついて、成長しない営業トークで胃を痛める日々であった。
 「Mちゃん、健康診断はどうだった?」
 私がそう聞くと、M君は浮かないかをして言う。

 「再検査でした。私はどうも下血しているみたいです」

 「下血って、血をお尻の穴から垂れ流しているわけじゃないでしょ?便に血が混じっていたという話で。そう言えば、いつもお腹痛いって言ってますけど、胃潰瘍じゃないですか?」
 O君はそう言う。
 「間違いなくストレスだね。寝てない、怒られる、怒鳴られる、売上げがないだものな」
 「僕の親戚で、ある日突然、胃潰瘍で血を大量に吐いて亡くなった人がいますけど、会社の中で死ぬのはやめてくださいね。気持ち悪いですから。我慢強いというのにも、限度があると言うことを知っていた方が良いですよ」
 

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 創作文芸板で1000文字小説というサイトを見つけたので、そこに投稿するために、以
前アリの穴に投稿したものを短くしました。

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■ めぐり廻る日々 〜1986 十三歳〜
 
 その日、僕は中学二年生になった。
 だけども、僕はクラス替えで新しく同じクラスになったクラスメイトの顔や名前を覚える余裕は全く無かったのだ。
 なぜかと言えば、まだ雪が残り、桜の咲く始業式など全く縁のない北国の街の春休みに、酷い風邪を引いてしまったのだ。
 それでも春休みの最中に、おとなしく寝ていれば治ったかも知れないけれど、私は春休みなのに寝ているのはもったいないと、体の調子が悪いというのに熱を推して遊び歩いていたので、悪化のピークが始業式に来てしまったのだった。
 まさに自業自得とは、この事であると言えるだろう。
 高熱に意識が朦朧とする中で、私はホームルームに出ていたのである。
 体育館での全校生徒が集まった始業式の時よりも、明らかに悪化しているという自覚があった。
 早くホームルームが終わり、家に帰って寝る事だけを願っていた。
 命を危険を感じるに辺り、さすがに担任も調子が悪い僕に気が付くと、一人先に帰されたのであった。
 家に帰ってすぐ薬を飲んで寝たのにも関わらず、翌日の朝になっても熱が引かない。
 学校を休んで病院に行き、診察をしてもらうとお医者さんは「何でこんなになるまで来なかったの?肺炎になりかけてるよ」と言った。
 それから一週間、大人しく家で寝て過ごすしかなかった。

 「あなたが杉岡君?ずっと来ないからどんな人かと思ってたw」

 伝説のクラスメイトになりかけて、一週間も休んで新しいクラスに入るというのはなかなか気が引けるものがあった。
 ちょうどその頃から全国的に、いじめの問題が社会問題化されてきていて、報道でも目にする機会が多くなり始めたそんな時だった。
 スタートダッシュに失敗したという自覚を持ちながら、憂鬱な気分で自分の席に座ると隣の席の女子が笑いながらそう言ったのである。
 それが木村さんとの初めての出会いだった。
 彼女は良く笑い、お喋りで、授業中も良く話をした。
 多少、クラスの女子から浮いた部分はあったのだけど、そんな事を気にする様な人ではなかった。
 となりの席効果もあるのかも知れないけれども、そんな彼女の事が好きになり告白したのは秋の事であった。
 そして失恋するのはそれから三十秒後の事である。
 いままでの蜜月な半年間は何だったんだと思いながら、人生始めての失恋に心を焦がした十三の秋。
 その時はまだ、この縁は途切れながら不思議な距離で続く事など想像すらできなかった。
 
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■ 異動
 デスクトッププリプレスオペレーターとして、2011年の秋からそれまでの印刷工としての日々に別れを告げ、手はインクで汚れることなく、高温、高湿度の中での肉体労働とは正反対の、パソコン画面上とデジタル出力機の操作を生業とする、今的な職場で過ごしてきたのだけれど、この度、会社の都合上でまた異動することになり、その場所は元いた印刷工場である。
 印刷工場の高齢化が進み、上は76(会長)を筆頭に平均年齢が50歳の現場であると言うこともあり、肉体的な限界の声も聞こえ始め、実際に体調を頻繁に崩し、休むことが多い人が出るようになったので、現場経験のある「若者」として、投入されるに至ったのである。
 もちろん最年少である。
 「お別れですね。ここはなんの問題もないので、印刷で頑張って下さい」
 そんな事を作業中の画面から目を離さず、切れたナイフの如き冷たい口調で言うのは、私がデスクトッププリプレスオペレーターとして新たなる人生を始めた頃に、ちょうど専門学校卒業予定で入社してきた我が課の紅一点、O嬢であった。
 「鰤鰤さんがいなくなっても、何も問題はありませんよ。むしろ作業が捗るくらいです。営業から異動してきたMさんもいますから、戦力的にマイナスになることなんてありませんよ」
 「哀しいくらいに、思いやりも愛情も何もないよね、Oさんは。心に何も思うことが無くたって、ここは一つ、寂しいですよとか言っておこうよ。それが大人のマナーっていうやつだろう。俺が何かしたとでもいうのかい?」
 「何もしなかったんですよ。そこが問題なんですよ。新しいことを覚えようとはせず、現状に満足し、向上心の欠片もない。それじゃあ。社会人として駄目なんですよ」
 そう言う彼女の視線の先を見てみると、てっきり作業をしていると思っていたらインターネットを見ていたようで、そのサイトのキャッチコピーは、
 「ブラックで自分の可能性を埋もれさせない。できる女性のための就職情報」
 みたいなことが掲載されていた。
 「いいかい?上を見たところできりがないし、ここより下は無いと思うかも知れないけれど、以外と底は底なしで、藻掻けば藻掻くほど泥沼にはまることも多いんだよ。過去に一緒に働いていて、辞めていった人たちの中でその後に生活が良くなったと言う人の話は聞いたことがないけどなぁ」
 「それが努力した結果であるならば、まだ理解もできますよ。だけど何もしないで泥沼の底で漂っているだけというのは駄目ですよ」
 「努力といのはひとそれぞれに、努力できる総量の違いがあって、もの凄く努力できる人からすれば、ほんの少しの努力しかできないのに力尽きてしまう人を見た時に、その人は努力してないと見えるかも知れない。だけどその人は、その人ができる最大限の努力をした結果なんだよ。蛙だって、アメンボだってって言うだろう?」
 「蛙やアメンボに努力するという思考はないと思いますけれど、それについてはもはや水掛け論の戯れ言ですね。考え方の一致は無理でしょう」
 「なんとかなるさ」
 「どこかのドラマのタイトルを出さないで下さい。むしろその考え方の結果が今の現状であると言えるじゃないですか」
 「けどさ、その俺とほとんど同じ状況の職場で働いている事をどう思う?」
 「……盲点ですね」
 「そう言えば、俺もOさんと同じ年齢の頃は同じように考えていたよ。俺はここで羽根を休めているだけなんだ。そのうちここから飛び立って、自分がいるべき場所に行くんだって思ってたよ」
 「……地獄絵図ですね」
 「人はこれを負の連鎖と呼ぶ」
 「私を巻き込まないで下さい」
2014/06/04 (水) 01:42 公開
作者メッセージ
ぶりっと
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感想・批評
読みました。
このしりーず、だんだん、よくなっている感じがします。
誤字脱字が何点かありました。でも、指摘は控えておきます。自分で見つけたほうが、色々ためになると思ったのでわざとです。
とは言いいましたが、別の指摘のついでにひとつだけ。「秋桜 1000文字バージョン」のなか。
>冷たい夜風が僕の部屋の中に流れ込む。
僕なんですね。この間違いがあったので、主人公が男なのか。とわかった次第です。
……たまたまでしょうが。
どちらにもとれるようにしたんだ。と言われれば、作品的な試みみたいになって、面白くはあるのですが。
単純に気が回らなかったのなら、さりげなく男とわかるようにしたほうがいいですね。

たとえば、
「こんばんは、ぶりぶりくん」と入れるとか。
中年の男が暮らす男臭い部屋
みたいのを一文に紛れこませるとか。
まあ、いろいろとありますわい。

あとは感想になりますが。「■ 異動」は、なかなかいいですね。
誰もが経験しそうな、皮肉めいたというか、過ぎ去りし哀愁みたいなのが、軽い作品なのに感じられました。
以上です。
1:<9pzRLHQ4>
2014/06/10 (火) 20:11

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