鰤鰤タイム 2014/06/14 |
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押利鰤鰤 ◆r5ODVSk.7M: ぶり |
■カツレツ 職場での一日は朝礼から始まる。 正確に言うならば、掃除とか、午前中に納め無ければならないものの準備とか、細かいことは色々とあるのだけれども、社員が集まる朝礼が、仕事の始まりと言っていいだろう。 朝礼では、社員が持ち回りで朝礼用の冊子を読む。 内容的には社会人としての心得とか、仕事を進める上での心構えとか、そういったことが一日一テーマで書かれている。 読んでみれば、ごく当たり前のことであったり、そんなものは理想論だろと思ったりするわけなのだけれども、当然のように反論する社員はいない。 なぜなら、さっさと朝礼を終わらして、作業に戻りたいからであり、反論したところでなんら有意義な結論と結末をもたらさないと言うことを理解しているからだ。 正直言うなら、ここに書いていることを実戦できるのであるならば、そもそもこんな本を読む必要はないのだ、と思っている。 流れ流れて辿り着いたのが、今の状況なのであり、そもそもそんな冊子を使って朝礼をするようになったのは、会社の業績がかなり悪化し始めた頃だった。 さらに言うならば、以前勤めていた会社でも全く同じ冊子を使って、朝礼をしていたのだ。 けれどもそこの会社でもその冊子を使い始めたのは、バブルが弾けて資金繰りが悪化し、社員のリストラや、経営陣の交代と言ったゴタゴタし始めた頃からで、意識改革とかなんとか言っていたが、結局は倒産してしまったのである。 だからあまり良い印象を持ってないのである。 会社の状況が悪いのであるならば、それに何らかの手を打つべきであり、打ったその手が「社員の意識を変える」という、根本的な解決方法でない事の方が問題であるように思う。 やるべきは会社の経営をどうするかと言うことであり、社員同士のコミニュケーションを取るとか、挨拶をきちんとすると言うことは、最重要課題ではないはずである。 なにはともあれ、会社がやると決めた以上は、やらないわけにもいかない。 そして、私の何度目かの朗読当番の日がやってきたのである。 自分としては割と読む方は下手ではないと思っているのだが、その日はいつもと調子が違った。 「あいひゃつは、ひひょとの関係を繋ぐ基本的なひゅだんでしゅ」 呂律が回らない。 「わひゃひたちは、ひゃかいじんとして……」 なんとか読み終わったけども、酷い有様だった。 その日は朝からあまり人と話していなかったから、口が上手く廻らなかったからだろうか。 「どうしたんですか、ぜんぜん口が廻っていなかったじゃないですか。小渕元総理が倒れる前にやっていた記者会見を思い出しましたよ。脳に異常でもあるんじゃないですか」 そう話しかけてきたのは我が社最年少にして、確固たる自分のポジションを確立しつつある我が課の紅一点であり、付いたあだ名は「不機嫌姫」のO嬢であった。 勤め始めてもはや三年の月日が流れており、初々しさも霞み始めて、一考に上がらない給料のせいか、ブラックと誰もが認める勤務時間の長さの為か、最近ではご機嫌斜めの日が多く、一部ではそんな彼女の態度を問題視する声もあると聞く。 私に対する態度は入社以来変わらないのだけど。 「自分でもビックリだよ。こんなにカツレツが悪いとは自分でも思ってなかったよ」 「なんか美味しそうですけど、私は切ってあるトンカツの方が好きですよ」 「滑舌ね」 「普段人と話す機会が少なすぎるんですよ。もっと会話をしなくちゃ駄目ですよ」 「O嬢とは普通に話しているけどね」 「私もだいたいなに言っているか聞き取ることはできませんけど、付き合いで返事しているだけですからね。事務的に」 「泣きそうだよ」 「泣く時はひゃっひゃっひゃっとかみたいな感じで泣くんですかね。それはそれでキモイですけど」 「泣く時にひゃっひゃっひゃっって泣くヤツはいないと思うけれど。どんな妖怪だよ、それ」 「一反木綿?」 「ゲゲゲの鬼太郎世代として言うならば、イメージが湧かないよ。せめて子泣き爺にしてくれないか」 子泣き爺だってひゃっひゃっひゃっとは泣かないとは思うけど。 「そう言えば、子泣き爺って滑舌が悪そうなイメージがありますよね。子泣き爺でチュー、バブーとか言いそうです」 「バブーって、イクラちゃんかよ。最近の子泣き爺は知らないよ。俺が知っているのは、せいぜい夢子ちゃんが出ていたシリーズまでだ。ネコ娘が萌え系キャラになったシリーズは見たことがないし」 「ああ、大泉洋がネズミ男のヤツですか」 「実写じゃないか。それは見たこと無いよ。俺がよく見ていたのはゲゲゲ鬼太郎の一期と二期だ。鬼太郎に憧れた俺は、親に下駄をねだって買ってもらって、毎日履いていたくらいだ」 「子供の頃が合ったなんてビックリですよ。今の姿から子供の頃なんて想像できませんね」 誰だって子供の頃はあるだろう。 そんなことを言うO嬢だって、子供の頃はあったのだ。 「私は中学生くらいですけど、中二病を拗らせていましたね」 「拗らせてたんだ」 「BL関係の同人誌を買いあさり、友とそれについて熱い議論を交わしたりしてましたね。今はすっかり卒業しましたけど」 「まあ、麻疹みたいなものなんだろうけれども」 「今は枯れたおっさんが、女王様にオカマ掘られてヒィヒィ言っているのとかが好みですね」 「いや、悪化してるし」 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 創作文芸板で1000文字小説というサイトを見つけたので、そこに投稿するために書いたものです。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■アレアレ 「山田君、アレはどうなっているかな」 私は小さな会社に勤める42歳のサラリーマン。 女房子供もいなければ、恋人もいないのだけれども別にゲイと言うわけではないと言っておこう。 芸能人は歯が命である。 歯がボロボロの私が芸能人であるわけもない。 かっては睾丸の美少年と言われたが、いまではすっかり枯れて、ただの中年オヤジであった。 オヤジ狩りに遇う事、すでに十二回。 護身の為に始めた通信教育の空手も、日々の忙しさにかまけて、四級に昇級したところで挫折してしまった。 ときどき心臓がおかしな挙動をする事に気を煩わせながら日々を生きている。 そんな私が朝礼も終わって自分の机に戻ると、我が課の村越課長(52歳・素人童貞)が話しかけてきた。 「アレだよ、アレアレ。どうなってんの?」 アレと言われてなんの事か解る私も随分と成長したものである。 村越課長は、私が入社した頃からずっとこんな話し方をする人で、新人の頃は全く理解できなくて、よく怒られていたものだった。 「村越課長、アレってなんの事ですか?話が全く見えないんですが」 アレが何を指しているのかと言うことは、理解できているのだけど、それでも十回中、一回くらいは外してしまうので、ここは社会人としてお決まりのホウレンソウという奴である。 報告 連絡 相談 確認することは、仕事を円滑におこなう上でも、あとで自分に責任が廻ってこないためにも重要なことなのである。 「なに言ってるんだよ。アレと言ったらアレしか無いだろ。何年この業界にいるんだよ」 いい加減面倒くさくなってきたので、話を合わせることにした。 「あぁ、アレですか。スイマセン、アレなら今日中には仕上がりますよ」 「そうか、頼むよ。アレには社運がかかってるんだからさ」 予想よりも話が大きくなってしまった。 社運とか言ってるけども、俺の知るアレはそんなに重要な物だったのだろうか? まぁいいか、こんな小さな会社の社運を賭けたところでたかが知れているというのが真実だろう。 「そう言えば、ソレはいいとして、例のアレはどうしましょうか?」 「アレって?」 「いや、だから例のヤツですよ。そろそろ何とかしないとまずいですよ」 私がそう言うと、村岡課長は立ち上がり、机の上を両手で叩くと、赤い顔をして額に血管を浮かばせて怒鳴った。 「アレやソレで話が通じるか!! 話は正確にしろ!!」 知らねぇよ。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■ 鈍色の日々 夜遅くまで起きているわけでもないのに、日中に眠くなり、落ちそうな意識と重い瞼と戦っている時間が長くなっている今日この頃であった。 これは睡眠障害か何かかとも思う。 もうすでに四十の大台を突破して、若者でいることはできず、立派なおっさんとしての道を着実に進みつつある自分の健康状態に、不安がないわけではない。 むしろ健康診断で血圧が引っかかったりして、不安要素は歳と共に増加しているのである。 窓から見える外の景色は、灰色の厚い雲に覆われて、まだ午前中であるというのに外は真っ暗であった。 激しく降る雨はアスファルトを濡らし、高い湿度が不快であった。 気持ちは重く、体は重い。 沈みがちになる心はが何もかもを投げ出してしまいたくなるのだけど、常識的に考えてみれば、生活もありそんなことをするわけにはいかない。 元気、勇気、ぽぽぽぽポンキッ○ーズである。 空元気でも無いよりはマシであるので、振り絞ってでも外面を良くしようと思うのだけど、なかなかそれは今日の自分には難しく思えていた。 「なんか、今月に入ってから社内の雰囲気というものがもの凄く悪くなっているように思うんですよね。モチベーションが低いというか、なんと言うか」 そう言ったのは、上司であり後輩でもあるI君であった。 「……まあね。人事異動とかの発表があったし、会社は儲かってないし、夏のボーナスはそうなると出ないし。良い事なんてなんもないからね」 自分のモチベーションの低さにはI君にはまだバレていないようではある。あくまでI君が言っているのは車内全般のことであり、私のことではない。 私のモチベーションの低さがばれてしまったI君に怒られる。 「モチベーションが低いとか、仕事してから言って下さい」と。 わたし自身からしてみれば、人事異動の犠牲者であるのだから、モチベーションが低くなるのもおかしくないと思う。 そもそも異動したところで会社にメリットはあったとしても、私にメリットは何もない。 これからの時代に異動する先の部署はまったくもって、前時代的であり、今後は失われていく職種であり、潰しが利かないのである。 それでも会社の中を合理化して、生産性を上げるという会社側の言い分があるので、異動することには了解しているだけであって、納得はしているわけではなかった。 「頑張って頑張って、でも会社は儲からないと言うから、もっと頑張って、寝る暇を惜しんで働いても儲からなくて、昇給もボーナスもなくやってきたのに、仕事が少なくなっている今の現状でもっと頑張れと言われても、もう頑張りようがないだろう。これ以上、どうしろと言うんだろうな」 「どうですよね。月の売り上げ目標を達成していた頃でさえ、まだまだ会社には余裕なんて無いんだから、もっと稼げと言っていたのに。売り上げ目標に届かなくなってから、もっと頑張れと言われたところで、仕事の総数が減っているんだからがんばりようなんて無いですよね」 「人間関係も最悪だし。誰と誰とは仲が悪くて、口も聞かないとかね」 「大人なんだから、仕事に影響しないようにやってくれればいいんですけどね」 「おもいっきり影響しているからな。殴り合いまでしないのが幸いレベル」 「殴り合ってもおかしくない人はいますけどね。社長と専務とか」 「ルーズベルトゲームかよ。まぁ、社長も頭に血が上りやすい人だからな。怒り始めて、怒っている自分に腹が立ってきて激怒に発展とか。俺は怒りで震える人というのを、社長で初めて見たよ。体中がプルプルしてるんだぜ?沸点が低すぎるんだよ」 「若い社員と口げんかになって、自分の机の上をひっくり返してパソコンを叩き落として壊し、新しいの購入してたりしましたからね。お前は星一徹かよと」 「俺はその時、柱の影から見守っていたけどな」 「姉ちゃんですか」 「でもよくよく考えてみれば、ウチの会社を辞めていく人の八割は、社長と揉めて辞めていくよね」 「ちなみに去年辞めた人は、全員そうでしたけどね」 「社長というのは孤独なんだよ。言いたくないことも、言わなきゃならないんだ。俺は社長を支持するけどね」 「裏切った!!」 |
2014/06/15 (日) 00:29 公開 |
作者メッセージ
ぶる |
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