お題「自然」 |
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お題の単語「自然」を元にした小噺 |
お気に入りのソファーの肌触りでさえ今は少し恨めしい。 せっかくの休みの午後とは言え、こうも暑くては何をする気が起きようか。だからこうしてリビングでごろごろしているのは仕方のないこと。ここは、わたしの部屋よりも少しだけ風通りがいいのだ。 「ミキー、買い物行くけど……」 そんなわたしの背に廊下の方から母さんの声がかけられた。 さっきまで掃除機の音が聞こえていたかと思えば次は買い物ですか。ごくろうさまです。わたしに構わず言ってきてください。と声を出すのも億劫で、片手を上げてひらひらと振ってお見送りをしたのだけど、 「ちゃんと服を着なさい、みっともない。女の子なんだから――」 なんて、呆れたように言われてしまった。 性別次第で暑さ耐性がつくわけじゃないんだけどな――と、ソファーの隅っこに投げ出したゲーム機をちらりと見て思う。それともレベルが足りないのだろうか。なるほど、母さんはわりと平気そうだし喧嘩をして勝てた試しもない。 「――お父さんもいるのよ?」 ああ、そっちは手遅れです。この前ばっちり見られましたよ。コメントは「あたし、脱いでもすごくないんです」でした。言った本人が大うけしていました。 とは、わたしの沽券に係わることなので黙っているとして、 「何か買ってくるものはある?」 「エアコン!」 早々に諦めたらしい母さんの問いにはちゃんと声を出して答えた。それも食い気味に。 どうして半裸でいるのかの答えにもなっている、とても気の利いた返答だったはず。と思ったのだけど、母さんは溜息一つといつもよりもちょっとだけ大きい足音、玄関の開閉音を残して出かけてしまった。 他にも何か二言くらい何か言っていた気がするけど、聞き逃したのは暑さのせい。こう、熱気がフィルターになっていたからとか。 まあ、どうせ雨が降ったら洗濯物を、みたいなことだろう。わたしはゲーム機を再び手にとりながらそんな結論付けをした。 それから一時間と少しの後、わたしは母さんに正座を強制されたいた。 目の前で母さんは仁王立ち。間に挟まれたローテーブルの上には菓子箱が一つ。中身はすでに無い。 「これは事件なんです」と誤魔化しを言いかけるも、母さんは取り合ってくれない。「黙りなさい」 問題にされている事案は単純。小腹が空き餓えたわたしが野生の勘で戸棚よりお菓子の気配を嗅ぎ取った結果、お菓子はわたしのお腹に収まった。そんな心温まる話しだったのだけど、 「戸棚のお菓子、食べるなって言ったよね。お母さんは。ミキは聞いてなかった?」 聞き逃した言葉を要約するとこうなるらしい。お菓子を発見できたのはどうやら野生の勘ではなく、単に母さんの言ったことの一部が耳に残っていたからのようだ。 思い違いとは怖いものだとぼんやりしていると、それを反省が足りないと受け取られたらしい。 「聞きなさい。こんな注意力の足りない子で大丈夫か、お母さん心配になってくるわ」 「!――、聞いてるよ。暑いからぼーっとしちゃっただけ。いつもはちゃんとしてるし! それに、お腹が空いたんだから仕方ないじゃない。食べたいって思うのは当たり前。自然なことなの!」 カチンときて言い返す。少しだけ語調を強く。段々支離滅裂になってしまっているのに自分でも気付いてしまうけど止められない。 母さんは眉を少しひそめただけ。それがわたしにはとても威圧的に思えて勢いは萎んでしまった。 気後れからくる責任逃れか、もう少し念を押してくれたら食べなかったのに。そうすればお互い無駄な時間をお説教に費やす必要もなかった。そんな後ろ向きな考えがぐるぐる回る。 むくれるわたしは母さんと見つめ合うこと少し、素直に謝れないわたしに苛立ったのか母さんもまた、声音も少し大きく私に言葉をぶつける。 「そう? だったら賞味期限くらいはちゃんと確かめるものでしょ。それが当たり前だし」 ……、そう言われてみると確認なんてしていない。戸棚から菓子箱を見つけ、美味しく味わおうとお茶を入れて――気付けば箱の中身は無くなっていた。ここまでの流れで箱の印字になど一度も目をやっていない。 もしかして、去年の貰い物で食べられないから母さんは食べるなと言い置いたのだろうか。 そんな考えに行き着くとなんだかお腹に違和感が芽生えてきた。次第にしくしくとした痛みまで伴っているような気さえしてくる。 「あの、自然の摂理に従ってトイレに行ってもいいでしょうか」 訴えてみるも、母さんに無慈悲に却下されてしまう。なんだか少し楽しそうにしているのが腹立たしく、それにすら反応するお腹が情けない。母さんなんて放っておいてさっさとトイレに駆け込めばいいのだろうけど、どうにも母さんの目に射竦められると逃れられるような気がしないのだ。 おろおろと廊下と母さんの間で視線を往復させていると、母さんはその姿を見て楽しそうどころか笑いをこらえている。わたしがお腹をこわして苦しんでいるのがそんなにおもしろいのだろうか。 ついには目尻が緩んできてしまうのを止められず、喉がきゅっと締め付けられる。もう駄目だ。泣きわめいてしまおう。確かに言いつけを聞かなかったのはわたしが悪い。だけどこの仕打ちはあんまりだ。 「まったく……、誰に似たんだか」 激発する寸前。母さんが小さく呟いて――おもむろにテーブルから菓子箱を取り上げると裏側をわたしに見せつけてきた。一点を指差しながら。 「……え?」 辛うじて出た声はそんな間抜けなものだった。 「全部食べちゃったら何を食べてもお腹、――」 わたしが書かれた数字をしっかり確かめようと膝を立てようとしたその時――バタン、とリビングから向かいの、父さんが趣味に使っている部屋の戸が激しく開く音と、家の奥へと続く慌ただしい足音が響いた。そしてトイレのドアだろうか、やはり戸の開け閉めの音が荒っぽく鳴る。 「どれくらい食べたの?」 「……半分も無かった」 ぽかんとするわたしが母さんに聞かれてそう言うと、母さんはお腹を抱えて笑い出す。 「後でみんなで食べるからって言ったのに……ほんと、あんた達ってそっくり」 その姿を見てわたしのさっきまで覚えていたお腹の痛みは失せてしまっていた。 母さんの声が聞こえたのだろうか、父さんが少し気恥ずかしそうな顔をリビングに見せた。おそらくは私も同じような顔をしていたに違いない。 |
2014/06/20 (金) 00:06 公開 2014/06/20 (金) 00:47 編集 |
作者メッセージ
冷蔵技術は人類の宝です。 作品とは関係ないけど、都内から海の無い場所に出戻るとよく思うんだ。 つか、自分が書いているジャンルってよく分からないんだけど。 |
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