Anger |
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何故あんなに必死になったのにこの世の中は受け入れてはくれなかったのだ。悲しみと恐怖を押し殺しそれでも食らいつこうと、真っ当な人間になろうと何度も立ち上がった。だというのに俺を迎えてくれたのは嘲笑と嫌悪ばかりだ。俺が不真面目だったわけではない、恭順しようという意志をいくら見せたところで、せせら笑いと憎悪に満ちた目が返って来るばかりでどうしたらいいのか途方に暮れるばかりだった。押し殺して来た怒りは膨れ上がりとうとう俺の意志ではコントロールが出来なくなった。 「切り裂け、打ち倒せ、なぶり殺せ」 いっそその声に従いその通りにすれば良かったのだろうか。いつもポケットに忍ばせていたナイフは結局外で取り出すことは出来なかった。腹の底に据えられた倫理観がそれだけは許さずそれらの暴力は自分へ向かった。 怒りだ。怒りしかなかった。 腕をナイフで切り裂き血塗れになった。頭を壁に打ち付けた。自分の腹を殴りつけた。そうすることで得られるはずだったカタルシスはしかし一向に訪れず怒りは何倍にもなって俺の腹に溜まり淀んでいった。怒りで膨れ上がった俺の身体は家を、両親を、隣家を、町を破壊し殺戮した。力士のようなぶよぶよの脂肪に脈打つのが見えるほど血管が浮き出ている。 俺を殺そうとやって来た警官を握りつぶし、自衛隊のヘリを粉砕した。中から死体を取り出し口に運ぶと何とも甘美な風味に陶酔した。嗚呼全ての人間を喰ってやらねば。喰らい尽くして俺の中で全て生まれ変わらせてやる。 俺が移動するだけで町は壊滅した。俺が腕を一振りするだけでビルは倒壊した。その崩れ去った人工物どもをそれを作った人間ごと胃へ流し込んでやった。 怒りだ。怒り怒り怒り怒り。 開いた瞳孔でこちらを見る目の暗さ。あの人間の精神に掬う暗黒。恐れをなし逃げまどう人間どもはそんな目では俺を見ない。恐怖に襲われれば人は光を求めるのだ。堕落した平和を保つためにあの暗黒を抱えるのか。ならば平和の人間に供するところなど何もない。混沌と破壊こそが人を高みへ導くものだ。鳴り響く悲鳴はまるで天上の音楽のように澄んでいる。 不意に空が輝いた。振り返れば数発の大陸間弾道弾ミサイルが八方向から俺めがけて飛んできていた。核が詰んであるのだろうと悟った。 俺は笑った。地球の裏側にまで届くほどの声量でこの世の中を嘲笑した。皆俺のように恐怖と悲しみに打ち震えながら生きるがいい。そして最後には怒りに取り込まれてこの世を破壊する巨大な怒りの化身となるがいい。 この俺のように。 |
2014/07/30 (水) 20:42 公開 |
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