白猫シロはかく語りき |
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オチツケ: 食欲の秋祭り参加作品 |
ある夜ぱったり食欲がなくなった。食べておかなきゃ明日へばるとわかっているのに、コンビニで買ってきた弁当はこれっぽっちも喉を通らない。代わりに浴びるようにしこたま酒を飲んだ。飲んで飲んで飲みまくって戸棚の奥にまだ残ってないかとごそごそやっているとおいしそうな缶詰がたくさん出てきた。まぐろとかつおのささみ入り。酒の肴にはもってこいだ。 「それは僕のゴハンにゃ」振り返ると白い猫が恨みがましそうに私を見上げていた。いつもはカラスが猫の真似してるような鳴き声なのに、今日は人間の言葉をしゃべっていた。ああ、酔ってる。「あんた、しゃべれたの」ズキズキ痛む頭を抱えながら居間に戻る。白い猫――シロもトコトコついてくる。 「最初からしゃべれたにゃ。そっちが今まで気づかなかっただけにゃ」「ふうん」そういうものか。ウィスキーをちびちびやりながらシロの白い体を眺めやる。特に変わったところは見当たらなかった。 「なら私が今まであんたに話したことも全部わかってたわけ?」「セクハラ課長死ねとかにゃ?」ぶっと酒が噴き出て白い体にかかった。毛を逆立てて喚く人語を話す猫。「だいたい人間は働きすぎにゃ。もうちっと僕たちを見習うといいにゃ」 トンと机の上に飛び乗ると、シロは前足でコップと酒缶を持って器用に注ぐ。こりゃいいと私は感心した。 「猫に酌ができたなんて。なんで今まで言わなかったのよ」「今日だけにゃ」コップを受け取って私がちびちび飲み始めるのを見てシロは話を続けた。 「猫は生きるために必要な分だけ働くにゃ。あとは遊んでるにゃ。生きるために必要なものなんてほんの少しにゃ。割合でいうと1:5くらいで遊んでるにゃ」「猫が割合なんて生意気よ」言いながら1:5と頭の中で繰り返してみる。けれど頭がぼんやりしてうまく働かなかった。算数なんてもう何年やってないだろう。 「四六時中働いてる人間を見てるとかわいそうになるにゃ」「そういうもんなのよ、人間の世界って。あんたたちみたいにお気楽じゃないの」私は机に顎を載せて空になったコップをずいと差し出す。ため息をつきながらシロは受け取ってまた器用に酒を注ぐ。 「働いた成果がお金なんて変てこなもので返ってくるのもばかばかしいにゃ。ねずみや魚で返ってこないから頭がこんがらがって変なことになるにゃ。自分でとったゴハンの方がおいしいにゃ」むっとしたけど、たしかに、働いて、お金と一緒にストレスためて、給料日になったらパカーッとそういうの全部ぶちまけるために生きてる私たち人間って、なんだか猫よりバカバカしい。 「もう少し気楽にやるべきにゃ」しゃべる猫に酌をしてもらいながら説教されるというのはなんて不思議な感じだろう。思わず頬が緩みそうになる。「あんたがこれからもたまには酌してくれるってんならね」 上目遣いにちらっと白い顔を見ると、シロは困ったような顔をしていた。困った顔をする猫。なんてこった。猫のくせに。 「言ったはずにゃ。今日だけだって」「ちぇっ、猫ってほんと恩知らずよね」体を撫でようとすると、シロはするりと身を捩ってベッドの上に――昔から奴のお気に入りの場所に走っていった。頬を机に押し付けたまま酒瓶越しにシロを眺める。まぶたが少しずつ重くなる。「ねえ、あんたさ」と微睡みながら私は口にした。 「こんな人間と暮らしてて楽しかった?」「猫は人間と違って無理しないにゃ」「そう」少し、安心した。「あとあの缶詰を見捨てるのは惜しいにゃ」現金なやつめ。 * 頬が熱い。腕を上げようとすると骨が悲鳴を上げた。口からも悲鳴が出た。体の節々が痛い。重いまぶたを無理やりこじ開けると朝だった。まごうことなき完全な朝。どうやら机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。窓から差す朝日が、机の上に散乱した酒瓶の山にあたってキラキラ光る。ひどい頭痛。二日酔いなんて学生の頃以来だ。そんな状態でもいつもの癖で目だけは時計に向かう。習慣というのは残酷だ。ついでに現実も残酷だ。通勤時間まであと十分もないことを知って悪態をつく。なぜこんなところで寝てしまったんだろう。ベッドの方を見ると、茶色の毛布に包まれた白い塊に気づいた。シロは昨日の夜と同じ格好のまま、布団の上に横たわっていた。 会社に欠勤の連絡を入れた後、ゆっくり時間をかけて部屋の掃除をした。ごみ袋三つがあっという間にいっぱいになった。折よく今日は缶類回収の日だった。 (スコップ、どこにあったっけ……)食欲はまだ、戻りそうにない。 |
2014/10/08 (水) 05:45 公開 |
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