カイタク |
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老人A: 食欲の秋祭り |
調理師専門学校生の大谷秋絵は、ブックオフで小さな幸せを拾った。 「やりぃ、『介護の食卓』百エーン」いま、ひそかな話題になっている『カイタク』。書店だと二千円でお釣りが五百円を割る。春から独り暮らしをはじめた秋絵には、とても辛辣だ。「本日はハッピーディ」になるはず、だった。二十一歳の誕生日だし…… カイタクには介護老人の食欲をいかに満たすか。こと細かに紹介されている。秋絵の将来を約束する秘伝の書といっていい。 マクドナルドでプレートを手に、足どり軽く階上へ急ぐ、予想通り店内はガラスキだ。「ゆっくりカイタクが読める」BFのユウヤと待ちあわせた時間まで、まだ余裕だ。 本を前に姿勢を正したときだった。窓外で雷鳴が轟く。梅雨が明けたのか。と首を傾げたとき、辺りがざわついた。「なに?」と階段へ注意を払う。そこで信じられないことが起こっていた。 店内につぎつぎと客が押し寄せている。雨宿り? と口にしたが、違う。たちまち異様な世界に店内は呑まれた。明らかに老人と認識できる者たちで秋絵の周りが埋めつくされたのだ。そのひとりと目が合う。「あら、あなた。ひょとして駅前でレストランをやっていた大谷さんの娘さん?」 えっ、と秋絵は驚いた。確かに両親はそうだ。だけれど、その場所はG県である。違うとも、そうだとも言えず、ただ茫然とした。「ああ、フミエさんにそっくりじゃないか」老人たちが頷きあう。「びっくりしないで、私たちG町の商店街ツアーなのよ。こんな偶然あるのね」ふたたび老人らはあごを引く。 秋絵は曖昧にほほ笑み、時計をひと睨みして「友だちと約束があるので」と階下へ急いだ。足どりが鈍重だ。動揺している。カウンターの前で動揺はさらに厚みを増した。スタッフも客もみな老いている。JKどころか、いつも割りこむオバサン世代さえいない。夢裡なのか、入店したときはそんなことなかった。持ってた本の角で頭を叩く。「イタっ」夢じゃない。自動ドアが作動するのも、もどかしく通りへ飛び出す。が、足がもつれた。手にあった本が路面で乾いた音を立てる。通りをゆくもの、すべてが、若くない。車道で車を運転する者、すべてが、老人だった。あまりの衝撃に鼓動が高鳴り、噎せ返る。 「こんなことってあるの」秋絵はゆっくり視線を移した。「映画のロケ?」違う。日常の風景だ。おかしなことになっているのは、人間だけ。店内での状況がリフレインされる、「お母さん、気の毒だったわね。六十半ばで亡くなって、でもあなた、ほんと。フミエさんにそっくり……」 ママが死んだ。まさか。だって、昨夜も電話で話したばかりだし、歳だって、まだ子どもが産めるくらい若い。きっとどこかのフミエさんとカンチガイしているんだ。 荒波のようにおし寄せる混乱のなか、躯からどんどんチカラが萎んでゆく。立っているのがしんどい。「もうダメっ」路上へ尻をおとした。すぐに周りから心配の声が届く。「どうしました」「救急保護車呼びましょうか」「顔が真っ青じゃないの」「でも、病院は態勢がかわったでしょう。重度じゃなさそうだし、受け入れてくれるかしら」「そうだった、今日から施行されたんだよな」「まったく忌わしい在宅看護法だ」「法をつくる側も老人なのに。情けねぇ」とかなんとか、しわがれた声が耳のあたりで渦巻く。 「アタシ、気を確かに持て! これは、なにかの間違い。きっと、そう。オオタニアキエ頑張れ!」 どのような困難があっても、大谷秋絵は気丈な性格だ。それでも、不吉な予感が、さっと強気を曇らせる。足もとの本に目をやった。 「あっ」 と小さな叫びが洩れる。本のタイトルが、まるで、違っている…… 「介護の嘱託」 カイゴノショクタク? 焦って、となりの本をレジに差し出したのか。 そのとき、風でページがぱらぱら飛んだ。 空白のページがつづく。 なにも印刷されていない。 まるで買ったばかりの日記帳だ。 栞が挟まれたところで、動きがおさまる。そこに、印字された文字を見て、秋絵は躯がこわばるのを感じた。 『では、つぎにあなたを半世紀後の日本へご案内しましょう』 五十年後の日本? 秋絵は慌ててトートバックから鏡を取り出す。 そこには周りの者とちっともかわらない老婆が貧相を晒していた。 「ユウヤ、タスケテーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」 |
2014/10/09 (木) 00:19 公開 |
作者メッセージ
親方、五枚におさめましたぜ。 これで、リベンジだ! というほどのものでもないんですが…… |
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