二人の道 |
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元カレ元カノ祭 |
お色直しで赤いドレスに着替えた新婦が新郎と共に各テーブルのキャンドルに火を点けて回る。植田伸彦は席に座って仲睦まじい二人に好意の目を注ぐ。 間もなく順番が回ってきた。信彦は新郎に向けて、おめでとう、と声を掛けた。式の最中とあって口元だけで笑みを作る。 その時、目が動く人物を捉えた。薄暗い中を中腰で移動して空いた席に滑り込んだ。安堵した横顔がこちらを向いた。信彦は怪訝な表情で返した。 全てのテーブルが淡い明かりに包まれた。最後は飾り付けられたメインのキャンドルに新郎新婦がトーチを掲げ、拍手と共に火が点る。 披露宴会場が明るくなるとスピーチが始まった。その間、信彦は遅れてきた人物と何度も目が合った。偶然を装った故意なのか。小さな疑問が音もなく胸中に降り積もる。 「……誰なんだ?」 視界に収めた人物に信彦は問い掛けるのだった。 司会者による祝電の読み上げが終わり、続いて新郎新婦が両親に花束を贈る。その際、新婦が認めた手紙の内容に会場内の涙を誘った。信彦は目頭を揉む仕草で回避した。 最後は両家を代表して新郎の父親が謝辞を述べてお開きとなった。新郎新婦と両親は先に退場して客を見送る側に回る。信彦は足早に出口へと向かった。新郎との会話は早々に切り上げた。 「待ってくれ」 結婚式場の前を走る歩道で信彦は追い付いた。黒いフォーマルスーツを身に纏った人物が足を止めた。 「僕の事か」 「その声は……渚なのか?」 渚と呼ばれた人物は黙って振り返る。挑戦的な目で笑っていた。 「久しぶりだな、信彦。今の僕を見て、どう思った?」 渚は両腕を少し開いて見せた。目測の身長は百七十前後。緩いウェーブの掛かったショートボブは活発な少年を彷彿とさせる。切れ長の一重で鼻筋は通り、剃刀負けをした顎が少し赤くなっていた。 「別人に見える」 「最高の褒め言葉だね」 渚は殊更、胸を張った。信彦の表情が曇り、眼付きが鋭くなる。気付いた本人は深呼吸を心掛けた。 「言いたい事は分かるよ。歩きながら話そうか」 二人を避けるようにして歩く人々に一瞥をくれて、そうだな、と信彦は答えた。横に並んだ状態で最寄りの駅に向かって歩き出す。 信彦は横目で渚を見た。おどおどした様子は皆無であった。 「良い披露宴だったな」 「新婦の真由子には幸せになって貰いたいね」 「心配ない。新郎の悠太郎は包容力のある良い奴だ。俺が保証する」 「信じるよ」 会話は途切れた。渚は自発的に話をするつもりはないらしい。信彦は歩道の脇の看板に目をやる。郡山駅まで二百メートルと書かれていた。 「……二年前、渚から別れ話を切り出した。俺は理由を訊いたがおまえは話さなかった」 「あの時は僕が悪かった。心に余裕がなくて信彦に打ち明ける気にもならなかったんだ」 渚の歩みが少し遅くなる。信彦は以前と同じように歩調を合わせた。 「おまえは電話番号やメールアドレスを変えた」 「本気で別れようと思ったからね」 「俺はおまえのアパートまで行った。大変な事が起きていると思って片道二時間掛けて車を飛ばした」 信彦は言葉を切った。渚の答えを待つ。当の本人は困ったような表情で笑っていた。 「引っ越した後に携帯電話を買い替えたんだよ。無駄な事をさせて悪かったね」 「付き合う前から分かっていたのか?」 声が震えた。激しい怒りを窺わせる。 「小学生の頃から好きになるのは女の子だったよ。中学生になって性同一性障害という病気を知った。だけど病院には行かなかった。本当は怖くて行けなかったんだ」 渚は最後に笑った。それは過去の弱い自分に向けられているように思えた。 「……どうして俺の告白を受けたんだよ」 「好きだったから」 信彦は歩みを止めた。渚は少し歩いて振り返る。その顔は笑っていなかった。真剣な目をして、好きだったから、と同じ台詞を口にした。 「ふ、ふざけるな! 好きな訳ないだろ。俺は男だぞ」 「ふざけてないよ。同じ大学のサークル仲間として接して、僕は信彦の事が好きになったんだ。でも、あの時の好きは違っていた。友達以上の好きにはなれなかったんだ」 初めて渚の顔に悔しさにも似た表情が浮かぶ。信彦は口を噤んだ。先に駅へと歩き始めた。 正面に駅が見えてきた。信彦の表情に焦りが生じる。密かに拳を握って独り言のように呟いた。 「俺に病気の事を打ち明けて欲しかった」 「そうすれば解決できたのか?」 後ろからの冷たい声に信彦は言葉を詰まらせた。足取りが急に重くなる。渚は再び、横に並んだ。 「あの時の僕には余裕がなかった。さっきも言ったよね。信彦に病気の事を話して、それでも別れ話になったら、僕は耐えられなかったと思う」 信彦は足を止めた。側には渚がいる。同じように立っていた。双方が言葉を待っている状態となった。 「――だから僕から別れを告げた。今では良い選択をしたと思っているよ」 渚は前に出た。足早に駅の道を行く。信彦は遠くなる背中に向かって叫んだ。 「俺がここで告白したら、渚はどうする!」 「今の僕には彼女がいる」 背中を向けた状態で渚は言った。 「そうなのか?」 「嘘じゃないよ。今日も待ち合わせをしているんだ」 振り返った笑顔に信彦は納得した。そうか、と無理に笑って見せた。 渚は小さく手を振る。駅の中に消える直前で大きな声を返してきた。 「性格の不一致で別れるカップルは多いけど、僕達の場合は性の不一致が原因だったね」 「さっさと行けよ。遅刻して彼女に振られても知らねぇぞ」 それ以上の声量で返した。渚は当時を思わせる、はにかんだ表情で駅へと消えていった。 信彦は動けなかった。両方の拳を握って耐えるような表情で震えていた。 「……これで本当の終わりだな」 何本かの電車を見送った後、信彦は自分の道を歩き出した。(了) |
2015/05/02 (土) 11:18 公開 |
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