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コロスベシ
うんこ: 元カレ元カノ祭り
「元カレコロスベシ」
 ナオミは包丁を掴んで立ち上がった。靴も履かずに玄関を駆け下り、肩で風切って寒空の下をズンズン歩いて行く。
「ヒッ」
 通りで大学生くらいの男がナオミを見て後ずさる。そのスカした髪型と足の長さが元カレと似ていると感じた瞬間、ナオミは彼に切りかかっていた。
「うわああああ」
 男が悲鳴を上げる。短足をもつれさせて道端に転ぶ。抵抗するように手のひらを突き出す。そこに鈍色に光る包丁の切っ先がズブリと嵌った。
「ぎゃあああああ」
「コロスベシ、コロスベシ」
 ナオミは極めて無表情で――例えばペットのポチに餌をあげるときに自分がそうであると感じるような無の表情で、男の手のひらに埋まった包丁を振り上げ、血が噴き出し、男の表情が苦痛に染まり、男の肩に突き刺し、男の瞳が絶望に昏く見開かれ、振り上げ、腕に、頭に、頬に、ズブリ、ズブリ、ズブリ……。
 ナオミは歩調を緩めることなくズンズン街を歩いて行く。彼氏の家はもうすぐだ。おや? しかしさっき自分はその彼氏を殺したはずではなかったか? ナオミは来た道を振り返る。道路には点々と赤い靴痕が自分の足下まで続いている。ふと空を見上げる。陽射しが暑い。夏だった。ゴールデンウィークなのに蝉が鳴いていた。ミンミンミンミンミン……。
「鳴くな!!」
 ナオミの投擲した包丁は林を突き抜け、三丁目を飛び越え、街上空をかっ飛び、幾羽の鳥を串刺しにしながら成層圏を突き抜け、地球の周りを自由落下しながら一周し、そうして目の前のすっかり枯れてしまった桜の木に止まっているアブラ蝉の背中に突き刺さった。ミンミンミンミン……。
 扉の向こうで元カレが言うのだった。
「何の用?」
 あまり歓迎する声音ではなかったがナオミは気にしなかった。なぜなら元カレだから。元カレに気を遣う必要がどこにあるだろう。
「アケテ」
「何の用だよ」
「アケテ」
 ドアノブを引っこ抜かんばかりに握り締めるナオミに、だんだん彼の声音は怒気を放ち始める。
「おいやめろ」
「アケロ」
「警察呼ぶぞ!」
「ガアアアアアアア」
 猛烈な勢いで新聞受けにナオミの右手がメリメリ入って行く。手探りで指先に触れたなにかを問答無用で握り込む。
「ああああああああああああああ」
 地を割らんばかりの男の絶叫がこだまする。
「アアアアアアアアアアアアアア」
 天を裂かんばかりのナオミの咆哮が響き渡る。
 扉一枚を隔ててナオミと男は繋がる。ものさしくらいの幅しかない郵便受けからギチギチに勃起した元カレのそれを引きずり出す。ミンミンミンミンミンミンミン……。蝉の鳴き声がさっきよりもずっと大きく聞こえる。暑い……。汗が、止まらない……。

 意識が泥の底から持ち上げられるようにゆっくり顔をもたげたときには、それが夢だとナオミは気づいていた。気づきながらも再び意識を底へ底へと沈めようと無駄な努力をしてみる。かえって頭が冴える。最初は近くの音から、だんだん遠くの音が――時計の音、付けっぱなしのPCのファンが回る音、道沿いを車が走っていく音、ミンミンミンミン……。
 蹲るように身体を丸めてみる。着ているものはなにからなにまで、学校の制服から中のパンツまでぐっしょりだった。布団もまるでもらしたかのようにびしょ濡れだった。シャワーが恋しかった。
2015/05/03 (日) 04:27 公開
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感想・批評
ヤケクソで書いて文字通りクソすぎて悲しくて投稿しっぱなしにしてたら意外といいって評価もらっててびっくりした。
コメントにあるように書くことの自信のなさからくる逃げっていうのはまさにその通りだと思うし、もちっと自分の文章を客観的に見れるようになりたい。その時々の心持ちが自己評価に反映されすぎてるなあ。
感想どうもありがとうございました。
4:オチツケ <ThLoMkwE>
2015/05/09 (土) 04:53
にょろ。
面白かったです。
前半のぐちゃぐちゃ感。それが夢と気づく。
夢醒めてからのしんみりと感じる悲哀、惨めさがなんとも胸をくすぐりました。
3:<OwusTYi5>
2015/05/06 (水) 15:59
好感 8点
シリアスなのにユーモラスな作品で作者の創作センスは凄いなと。

>ゴールデンウィークなのに蝉が鳴いていた。ミンミンミンミンミン……。
>「鳴くな!!」
ここで爆笑させて貰いましたw でも、

>ナオミの投擲した包丁は林を突き抜け、三丁目を飛び越え、街上空をかっ飛び、幾羽の鳥を串刺しにしながら成層圏を突き抜け、地球の周りを自由落下しながら一周し、そうして目の前のすっかり枯れてしまった桜の木に止まっているアブラ蝉の背中に突き刺さった。ミンミンミンミン……。
これはちょっとやり過ぎかな。

で、夢オチか。でも、

>気づきながらも再び意識を底へ底へと沈めようと無駄な努力をしてみる。
この文章がいいね。悪夢の続きをみたいとカノジョは思った訳だ。つまり今でも元カレを想っている。それも殺したいほど憎んでいる。しかし彼女は夢の続きをみれない。現実の自分、暑苦しく汗まみれで不快でリアルな感覚によって序々に現実に引き戻されていく。そして彼女はシャワーを浴びたいと思う。やっと自分からリアルへと意識を移したのだ。それが夢の終わりというもの。カレへの断ち切れぬ思いも夢で、女は元カレのことを苦しみながらも時間と共に忘れていくだろう。でも完全に断ち切れはしない。夢は何度でも繰り返すのだから。これが人の業というものか。

改善の余地はあるけど完成度の高い作品だと思う。というか、どうみても素人の作品ではない。かなり書き慣れている人の文章だ。誰なんだろう。最初から最後まで真面目に書いた話も読んでみたい。
2:<6CS9PD6O>
2015/05/05 (火) 10:17
好感 9点
作風は偽悪的ではあるが、しかし作者のユーモアがにじみ、おかしみがある。

また、どこか軽い、言ってしまえばヘタクソさを感じさせる文章と、ウマさを感じさせる文章とが短い小説の中に混在し、この作風に作者の意図するヘタウマさが表現されているようにも感じる。

例えば前半の青年の叫び声をカッコ書きで書いたりといった小説表現の不慣れさを感じさせる一方、後半夢から覚めた後の気怠さや余韻は静かだが確かに描かれ、その喧騒と静寂のギャップは、この作品の不思議な魅力を生むことに成功している。

また、アパートの郵便受けを介したセックスという描写もオリジナルで鮮烈な印象を受けた。

このやや偽悪的でヘタウマな作風が、作者の意図したもので今後もこの作風を味として伸長していくものと考えているのか、小説を書くことへの自信のなさからくる描きたいものと向き合うことを避けた“変化球”なのかは判断できない。

しかし、この短い作品の中には、これはこれで特有の味わいがあったように思う。

1:<u2WRvLsB>
2015/05/04 (月) 06:49
好感 7点

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