話せない理由 |
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もりそば某: 元カレ元カノ祭 |
原稿用紙五枚程の梗概を読み終えて、顔を上げると期待に満ちた二つの瞳が目の前にあった。 「近いぞ、和久井」 「すみませんっ」 私の職場であるこの高校の制服を着た少女が跳ねるように背筋を伸ばして言った。 「それで、どうですか、秋穂ちゃん。私の書いたシナリオの案は」 「柏木先生と呼びな」 職員室なんだぞ、ここ。 もう一度原稿用紙に目を落とす。私が顧問を押し付けられた演劇部の三年生、和久井花帆が文化祭でオリジナルの劇をやりたい、と持ち込んだものだ。 中世ヨーロッパが舞台で、貴族の青年ベルトランはある日、父が勝手に自分の縁談を進めていることを知る。 相手は王家の縁戚に連なる家の三女で、互いに面識があった。この話がまとまれば家格が上がると、問い詰めた父は言うが喜ぶことなどできるはずがない。何故なら、すでに愛し合っている者が別にいたからだ。 今更になって断れば立場が悪くなるどころか家の取潰しもあり得る。かと言って交際相手にこの事を伝えて身を引いて欲しいなどと言えず。思い悩んだ末にベルトランは失踪してしまう。 縁談相手の少女、アプリルはその報を受けて嘆く。元々彼女の希望で持ち上がった縁談だったのだ。 ベルトランの失踪の理由を知らない彼女は、彼が何かの陰謀に巻き込まれたのではと思い、父に仕える騎士の一人、レアンドロに捜索をさせるが彼からの連絡もまた途絶えて――という展開になるわけだけど、 「なあ、和久井」 「なんですか?」 どうしても聞いておきたい事があった。 「このベルトランって奴が付き合っていたのが、レアンドロって騎士でいいのか?」 「はい、ベルトランの居所を突きとめて戻ってくださいと説得しに行ったレアンドロは身を引くつもりでしたが逆に絆されて、一緒に逃亡をする決意をするんです」 読み間違いではなかったらしい。思わず眉間を指で揉んでしまう。 「レアンドロ、女にできないか?」 「そんなのダメです!」 大きな声に顔を上げると、和久井が今度は頬を膨らませて迫ってくる。 「許されない愛が身を滅ぼす。これがテーマなんですから、これ以外には考えられません」 一応筋が通ってはいるようにも見えるし、そういうことに偏見を持っているつもりもない。だけどなぁ。 「もうちょっとノーマルな方向にできんのかってことだ。でなければ許可が降りんよ」 「そんなの頭が固いです。もう今の時代、みんな、ネットでいろんな考え方とかに触れてるから変に思う人なんていませんって」 生徒はそうだろうが、私が言いたいのはそういうことではない。学校というのは妙なもので、一番気にしているのは日々接している生徒ではなく、その保護者の目なのだ。 「生徒はそうでも、親はそう思わないかもしれん。部員が、親に反対されたから退部する羽目になるなんてことになりかねん。それを避けたいんだよ」 そのまま伝えるわけにもいかず、少し卑怯な言い回しになってしまう。 だけど、可能性がゼロというわけでもない。和久井にもそれが分かったようで、驚いたように両手を口元を覆ってから表情を陰らせた。 「すまんな。話としてはよくできていたぞ」 原稿用紙を返しながら笑顔をつくって励ますが、心の奥底が私を叱責する。この嘘つきめ、このストーリーを採用しない理由はお前にある、と。和久井に言った言葉も嘘ではないが、私こそがこの話を一番演目として認められないでいたのだ。 「書き直します」 ついさっきまでの快活な様子を失ってしまい、肩を落として和久井が職員室を後にする。 私はその背中に向かって無言で詫びることしかできなかった。 罪悪感を引きずったまま仕事が捗らず、帰宅は遅くなった。 部屋の灯りをつけると見慣れた部屋が視界に浮かび上がり、テーブルに放っておいたエアメールが嫌でも目についてしまう。 昨日の日曜日、オランダから届いたその手紙の差出人は、一年前くらいから行方をくらましていた私の弟だ。 文面は、姉さんごめん、から始まって自分が同性愛者であることを隠していたこと、同性婚が認められる国の国籍を得たこと、念願が叶い愛する相手との結婚をしたことが綴られていた。父さんと母さんには黙っていて欲しいと締め括って。 私は弟の無事が確認できたことが嬉しかった。同封された写真を見るまでは。 手に取った便箋から取り出した写真に写るのは肩を組んだ二人の男性。弟の満面を笑顔とは対象的に、バツが悪そうにしている男が私に言った言葉が蘇ってくる。 『秋穂、お前には悪いと思っている。君といることで変われると思ったけど無理だった。僕は同性しか愛せない』 弟は知っているだろうか。彼は話したのだろうか。彼が私を振った男だということを。 和久井の書いたシナリオを却下したのは、常識的なことを言ってはみても結局は、自分の失恋話の顛末を思い出させられるのが嫌だっただけなのだ。 |
2015/05/05 (火) 01:58 公開 2015/06/18 (木) 00:58 編集 |
作者メッセージ
終了後追記: 書ききれなくてもどかしく思っていた部分への鋭い指摘や思いつけなかった発想など、これからのために必用なものをいただきました。ありがとうございます。 特に下記については小説を書くため、全般に渡っての力量が足りないのだと思い知ったそれぞれの一文でした。 >更に言えば、主人公にホモシナリオを渡した和久井花帆というキャラが折角面白いのに、次のシリアス展開の為に作品外に放り投げられている。 >しかし小説とは『――結局は』で語りきればない気持ちがあるからこそ、書かれ、そして読まれるものだ。(『結局は』でまとめられるのであればレポートでよいではないか) >BL女生徒と後半の弟x元カレの落差が大きすぎて、読者の物語への心構え的な部分で置いてけ堀になってそうな気がします。 ちなみに『こんな所に日本人』という番組を見たことは無いですね。調べてみたらテレビを見ない時間帯の放送のようですし。 |
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