元カレ、先カノ |
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元カレ元カノ祭り参加作品 |
元カレ、元カノという存在があるのなら、 元カレ、先カノという関係はどうなのか。 ボクと綾部はいつものように、校門からちょっと歩いたとっつきにある、今にも崩れ落ちそうな木造平屋のすみに売り物をひろげるバアサンの店で、舌を鋭利に脅かすアイスを味わいながら鞄を腿の内側で挟んでいた。 もう、いく十年も前の記憶だ。 ボクの中学生の娘は丁度その頃の面影にかぶる。ときにふれ、妻は口にする。 とは言うものの、そのときのボクたちには、パソコンもスマホもなかった。娘の日常とは大きな隔たりがある。 その頃のボクにふつふつと湧きあがるのは、女の子に対する欲情だけ。それが自然なことなのだ、とおもいはじめていた。 口のまわりに細かな虫が引き寄せられるのを、ときおり払いながら、綾部が乳白色のクリームを舌で舐める。 「おい、小笠原だ」 ボクは、コーンの包みをどろり汚してくるクリームの対処に、必死だった眼を校門へ向ける。 「どうしたんだろう。夏カゼかな?」 小さく映る小笠原涼子の翳りは、長い髪と、その近くにある、白い布だけが鮮明だった。 「おお、いい匂いがしたな」 綾部は、眼前を過ぎて行ったクラスの少女を鼻をひくひくさせながら見送る。 「勇二さぁ。小笠原が三百六十五日、つねに眼の前にいたら、もう、何もいらないとおもうか。任天堂も、ガンダムのプラモも」 と、だらしなく緩めた口もとが、白いシャツを汚していることに綾部は気づかない。ボクは仕方なく、ポケットから白いハンカチを取り出す。 「いいか。小笠原みたいな女と二十四時間いたら骨のパーツまですり減るぞ」 せっかくワイシャツをきれいにしてやったのに、礼も言わない。 「ガタガタになるってこと。それでもいいよ。そんなことが代償になるなら、喜んで捧げるよ」 「莫迦か、オマエ」 「パパ、ほんとうに親友だったの」 珍しく娘が夕食を終えても自室に戻らない。 その理由は単純だった。 『オレも好きだ。倍返しで愛している』 と、迫る。なんとも、甘ったるいキメゼリフを、カベドンのお約束で吐き出す中年の役者が人気のテレビドラマ。そのことに、つい、あれは中学の頃、唯一好きだった男だ。親友の枠を超える信頼関係があった。そうつぶやいてしまったことに娘が反応した。 「綾部クン、出世したわよね」 妻の涼子がキッチンシンクに向かったままに言う。 「えっ、ママも綾部邦彦を知ってるの」 ソファから娘が身を乗り出す。 「中学の同級生よ。あの頃、パパと綾部クンはいつも一緒だったの」 妻が元カレとの関係を嘲笑するように笑う。 ボクの躯が一瞬、剥き出しのコードに触れたように、ぴくん、となる。 元カレ、先カノ、人生、何が波動となって理性を揺るがすかわからない。 「ママは言わば、パパの救世主だったの」 「何、それ。ママが逆カベドンしたってこと?」 キッチンから音が消えた。 「それに近いかな」 妻はけら、けら、笑い出した。 綾部には悪いが、ボクは、いま、 シアワセだ。 |
2015/05/05 (火) 11:35 公開 |
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