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タカシとハルト
オバゾノ: 第二回創芸戦 一回戦グループA
 学校に併設の公民館で、同窓会が行われた。参加者は三十代。皆ある程度落ち着いている。が……。
「昔から、何言っても絶対怒らないんだよ。な、このゼッペキ野郎はさ!」
 ハルトがそう言ってタカシの後頭部をはたいた。タカシは卑屈な笑みを浮かべている。
「ほらこの顔だよ、はらたつわー。おいタカシちゃんとこっち見ろよ、ってお前それ目ぇ開いてんの? 寝てんの? 起きろー幹事ー」タカシの糸目をいじるのも学生時代からのお決まりだ。注目が集まり笑いが起こる。
「おいおい、こんなんで笑わないでくれよ、今日は仕事じゃないんだ。もし笑ったら――」タカシの頭をテーブルに押し付け皿に見立て「オヒネリちょーだい」。場が軽く沸いた。
 ハルトはお笑いタレントだ。数年前には素人いじり系の深夜番組に出演していた。
「ちょっとー、山田君がかわいそうでしょ」かつての「委員長」が親しみの籠った声でハルトを嗜めた。
「山田じゃなくて山下な。そろそろ憶えてあげて?」ハルトが言うと、また笑いが起きた。
「あら、ごめんね山下君」委員長の三十女らしい品をつけた声色にタカシがビクリと動揺したのを見逃さずハルトが言う。「タカシってお前のこと好きだったよな。案外今も一途なんじゃね?」即答して委員長が「えーやだー」「おいおい。ところでタカシ、まだ童貞だったりして」タカシは俯いて笑みを硬直させている。「おいおいいー」場の空気は酒気を強めていった。ハルトはタカシをいじり続けた。
「このチビまじで何言われたら怒るんだよ〜」
 ハルトはべろべろに酔っている。他の者達も程よく仕上がっている。おずおずと、タカシが立ち上がった。小柄だが頑丈そうな体をしている。しかし声は独り言のように小さい。
「そ、そろそろ……二次会は駅前の店なので、その前に校舎を見たい人は、注意して――」
 委員長が遮って言った。「みなさーん、校舎を見納めに行く人は、もう取り壊し中なので注意してくださいね。工事会社の山下君が、校庭には特別に入れるようにしてくれたから、危ないことして迷惑かけないようにね」それを聞くと参加者達は三々五々に出て行った。
「ちょっと一緒いいか? タカシ」
 ハルトが声をかけた。先の酔い態は幾分演技だっようだ。タカシは素直に頷いた。
 裏側から北校舎の入り口に来ると、立ち入り禁止の柵をひょいと跨ぎ、ハルトが先んじてどんどん階段を上ってゆく。三階に着くと迷わず渡り廊下への戸を開いた。
「すげーな……。北野映画みたいだ」
 向こう側の校舎は解体されかけていて、廊下が丸見えになっていた。コンクリートから鉄筋がニョキニョキと突き出ている様子は、張りぼてを内側から見たかのようだ。渡り廊下は辛うじて繋がっているが、先の方は壁が崩れて瓦礫と化している。見慣れていたはずの景色が見慣れない物体となり果てて、月明かりにやたらと陰影を強調されていた。
「危ないよ!! ハルト君!!」
「うおっ でかい声出すなよ柄にも無く。連中に気付かれるぞ」「ご、ごめん。でもなんでこんな所に」「わかって訊いてるだろ、うぜーやつ」ハルトは歩を進めた。
「ここが俺の最初のステージだった」
「……休み時間には皆ここに集まっていたね」
「そう。だけど俺はいつも不安だった」
 高校に始まったことじゃない。小学、中学とずっとそうだった。環境が新しくなるたび、自分がそこから「スベる」んじゃないかと恐怖した。そこで幼馴染のお前を使って自分の立ち居地を確保した。お前を乱暴にいじってみせることによって、強者の立場を演出したんだ。そうして手に入れた友人達は、今は残っちゃいない。今日の連中の事も実はあまり憶えてないんだ。だが、俺は自分の生き方を覚えた。今の俺が有るのはお前のお陰だ。
「そんな事はないよ、全て君の才能だよ」
 近づいてくるタカシの言葉を無視してハルトは続ける。
「勝手な言い草かもしれないが……お前は俺の人生の重要な踏み台だったってことだよ」
「……」
「ふふ……やっぱ怒らねえな。呆れた奴だ。なあ、タカシ、要するに……」
「…………」
「お前は、俺の、親友だ!」
 そう言って振り返った。ハルトとタカシ、二人の瞳と瞳が二十年ぶりにかち合った。
 ハルトの目は潤んでいた。そしてタカシの細い目は限界まで見開かれ、月光に映し出された青白い顔は、般若の面そのものだった。ハルトが失った言葉を取り戻す前に、重く意志の有る一突きが、その体を宙に押し出した。
「それだけは、言わないでほしかった」
 タカシは座布団のように巨大なコンクリート片を一枚、軽々と持ち上げると、落下したタレント目掛けて放り投げた。
2015/05/27 (水) 23:11 公開
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