わたしの月子 |
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ヤマモト: 月子祭り参加作品 |
月子が「誕生した」のは2003年、わたしのママとパパが離婚した年だ。その年の6月14日に、わたしは家庭の事情でキレて、居間にあったサイドボードのガラスを右の拳で叩き割り、裂けた皮膚を十七針も縫う怪我をした。その瞬間に明子(つまり私のことだ)の中から、なぜかわたしをもうちょっとだけ可愛くさせた顔をした月子が飛び出してきて、パパの書斎に逃げ込んだのだ。名前の由来は知らないけれど、生誕の理由は上にも書いたように家庭の事情だ。一人娘のわたしの親権を巡る糞みたいなゴタゴタを、目の前で見せつけられたせいだ。 会社の部下に誘惑されて二年間も浮気を続けていたというパパの「処遇」について、わたしと月子は毎晩じっくりと話し合った。わたしはママについて月子はパパについた。月子は温厚な性格と柔軟な思考の持ち主で、直情型のわたしやママとはまるで中身が違っていた。パパを許したいという月子の言い草が気に食わず、わたしは何度も月子を怒鳴りつけた。時にはモノさえ投げた。パパはうろたえ、ママは泣いた。月子とわたしの話し合いは一週間ほど続いたものの、まるで収拾が付かなかったものだから、わたしはすっかり参ってしまった。皮肉なことだけれど、わたしの体調不良が原因で、ママとパパの離婚を巡る話し合いが中断されて、夫婦仲が一時的に修復されたような具合になった。月末に、ママとパパはわたしを精神科に連れて行った。 「多重人格」という診断が下されたとき、ママは大泣きしたけれど、わたしは全然平気だった。内心、鼻で笑っていたほどだ。病室にはもちろん月子も来ていたけれど、医師の佐々木(三十台半ばくらいの軽薄そうな若造)の得意げな顔を見たくなかったから、彼女が隣に立っていることは隠していた。だけど全体を通してみれば、わたしの態度はとても協力的だったと思う。当然の事だ。もともとは月子は、わたしの中の人なのだから。だけど佐々木が「治療」という言葉を当たり前の事のように使う事にはどうしても承服できなかったので、わたしの前では二度とその言葉を使わないでくれとは言ったけれど。 「病気」だというのなら、それはそれで構わない。だけど、明子も月子も日常生活に支障なんてきたしていない。つまり、実際のところは病気でもなんでもないのだ。むしろ、一人の人間としての伸びしろは、実質的には二倍になったのだから、賞賛に値する事なのではないのかとさえ思ってしまうほどなのだ。 たとえば、こんなことがあった。2003年の暮れにママとパパは結局離婚したのだけれど、最初の数日間、パパについて家を出て行った月子は、一週間も経たないうちにわたしとママの住むマンションに戻ってきた。そして彼女はそうすることに至った考えを、理路整然とわたしに聞かせてくれたのだ。はっきり言ってわたしなんかよりずっと頭がいいし、その場その場で理性的な判断を下すことができるのは凄いと思う。だけど、その事にも増して凄いのは、月子が面白い小説を書く事が出来るということだ。 もともとわたしも読書は好きだったのだけれど、小説を書くなどということは思いもよらないことだった。パパが使っていた書斎に陣取って月子が執筆している最中、わたしは自分の部屋でぼんやりしている。アイデアが浮かんだのと同時に、月子からある種の、電波ではなくてシグナルみたいなものが送られてくる(わたしは「電波」という言葉は好きではない。「精神異常者」を指し示すスラングになってしまっているから)。わたしはその内容をワードで書き起こす。出来上がった作品はインターネットの投稿サイトに送ったり、出版社の新人賞に応募したりする。ついでに言えば、某巨大掲示板への書き込みをしたりもする。もちろん細かいところは全部月子の指示に従っている(勝手に直すと叱られる)。 今月、ネットの投稿サイトで「月子祭り」が開催されることになった。この企画は、執筆でお疲れ気味の月子のために、わたしが考えだしたものだ。 「私がもしプロになったら、その時は明子の中に戻ってくるつもりだよ。今の状態は自由でいいんだけど、やっぱり不便だと思うんだ。このままずっと明子の外に出っぱなしっていうのは。そう思わない? 特にほら、サイン会とか朗読会とか、イベントの時とかはぜったいに不便だよ。だから、そのときには必ず戻るよ」などと言っている月子なのだけれど、このところ、公募で残念な結果が続いているので、彼女が早くプロになれるように励ましてあげようという気持ちがあったのだ。 おかげさまで、今回ずいぶん沢山の作品が集まった。これらの作品は、月子の「誕生日」に合わせた素晴らしい「サプライズ」になるはずだ。もっとも、勘の鋭い月子のことだから、薄々「……何かあるな」くらいは感じているかもしれないけれど。 |
2015/06/10 (水) 19:52 公開 2015/06/14 (日) 20:28 編集 |
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