繭 |
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卯月京 |
僕は目覚ましなしで起きる。なにしろ、ひきこもりだからだ。サラリーマンのように定時は関係ない。 リビングに行き、 「母さん、おはよう」 「また、朝まで起きていたでしょ」 「まぁ、執筆していて」 僕がひきこもりになったのはうつからだ。IT系の会社でプレッシャに耐えられず、うつになった。 最初は休職していたが、結局、うつの症状はよくならず、ひきこもりになってしまった。 今は障害年金で暮らしている。無論、そんなたいした額ではないが、助かっている。 キッチンに行きコーヒーサーバからマグカップへコーヒーを入れて部屋へ戻った。 MACの電源をつけ、ネットニュースをチェックする。 「有効求人倍率が結構いいな。戻るなら今かなぁ」などと思いつつ、株価などをチェックしていたらお昼になった。 キッチンに行き母とパスタを食べた。 両親も調子はわかっているようで、あんまり今の生活に口出しはしない。 とは言え、一生こんな生活が続くわけもない。 最初に無職と書いたが、正確にはクラウドソーシングで小遣い稼ぎをしている。 MACをいじりながら、手頃な案件はないかと探してみた。 「200円か、さてちょっとやるか」 400文字で200円のSEOのライティング案件。くだらない仕事だ。でもリハビリには役立つ。 何も意識せずに作業はやる。小説も書いていたが、それとはモードを変えてやるのがこつだ。 一仕事終えて、タバコに火をつけた。 「さて、今日一日どうしようか?」 そのうち眠くなったので、ベッドに入った。昼寝だ。 昼寝から起きると夕方になっていた。 タバコが切れていたので、着替えてコンビニに買いに行くことにした。 バス停の前を通るの通勤の帰りの人が多く歩いている。 「俺も昔はあの中にいたんだよな」 ちょっと懐かしくなったと同時にこれからどうしようかちょっと思った。 が、まだ戻る勇気はなかった。 夕食を食べ終わると、再びMACの前で小説を書き始めた。ライトノベルだ。 家で仕事をしていけるといいと思っていた。 21時くらいだろうか、久々にスマートフォンが鳴った。 「もしもし、増田です」 「古沢です」 古沢の声を聞くのは四年ぶりだろか。相変わらず、落ち着いたいい声をしている。 「お久しぶりです。お元気にしていましたか?」 「うん、ちょっと仕事を手伝って欲しいと思って」 「だって、俺は」 「うん、わかっている。ただ、お前に頼みたいんだ」 「どんな条件ですか?」 「ちょっとプロジェクトを手伝って欲しい」 「きついですね」 「持ち帰りもOKだから」 「それなら」 古沢とは、翌日の夜の新橋で、飲みながら話し合うことになった。 いざ翌日の夜になると、家を出るのが怖くなった。電車に乗るのも久々だ。抗不安のとんぷくを飲み、なんとか駅までたどり着いた。 駅までたどり着くと電車には何も抵抗なく乗れた。 新橋の指定の店に着くと古沢と女性がいた。 古沢が女性を紹介してくれた。 「秋田と言って、プロジェクトのリーダーをやっている」 背丈は160cmぐらいだろうか、小さい顔をしている。ブラウスにスカートと言ういでたちだった。 「お前、酒、大丈夫だっけ?」 「少々なら」 「じゃあ、生中3つお願いします」 すぐに生中は来た。 古沢が「それでは乾杯」 3つのグラスがぶつかった。 秋田が、話し始めた、 「増田さんの噂は聞いています。昔は火消しの増田と言われたそうで」 「あ、あの会社の出身なの?」 「はい。でも、あんまり話したくないですけどね」 これ以上の詮索はよそう。 「そうなんだ」 「それで今回のお仕事なんですが、週二日ぐらい現場に出てもらえますか?」 「それぐらいならなんとか」 「よかった。今、人出不足で」 「でも、勘を取り戻せるかな」 三年ぶりの仕事だったので心配はあった。 「今はブランクある人多いですよ」 心づけられた。 その日は解散となり、あさって現場へ行くことになった。 現場はベンチャー企業を間借りしていた。 活気が感じられる職場だった。 秋田が出てきて、設計書の説明をしてくれた。 「これならなんとかできそうです」 「助かります」 こうして僕は期せずして社会復帰することになった。 そうしたら、家でも昼寝もせずに仕事するようになった。 小説の執筆は休日していた。 週二日の現場も無事に通えていた。 一ヶ月ぐらいした頃だろうか、秋田から給湯室に呼ばれた。 「なんですか。クビ?」 「いや、この後、個人的にお話できませんか?」 「構わないけど」 「じゃあ、このバーに19時で」 バーの名刺を渡してくれた。 バーに着くと、秋田がスパークリングワインを飲んでいた。僕はジントニックを頼んだ。 ボサノバが静かにかかっていた。バーテンダーはジントニックを作った後、グラスを拭き始めた。 「話って?」 「実は私の彼がうつで、やっぱり増田さんみたいな状態で」 秋田は深刻そうな顔をしている。 「なってからの長いの?」 「一年ぐらいです」 「どうしたいの?」 「実は結婚を約束しているので会社に戻ってくれれば」 「それはあんまり賛成できないな。結局、環境を変えないとなかなかよくならないですよ」 「やっぱり、そうですか」 秋田の顔はほっとしたようになった。この一言が欲しかったのだろう。 「うん」 「もう気力は戻っているの?」 「本人は大丈夫だと言っていますが、もろそうで」 「僕みたいにだんだん慣れていくしかないね」 「そうですか。ありがとうございます」 僕もこういうアドバイスできるようになったのか。 そう言えば、両親が僕が通勤するようになって安心してくれた。 これでなんとか思い起こすことなく死ねるって。 繭から脱出できた。 もう小説も書かないだろう。 |
2015/11/13 (金) 05:31 公開 |
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