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贅肉を捨てよ、町へ出よう(実践編、あるいは完結編)
 私は食べるのが好きだ。
 食はいつでも幸福をくれる。100円のあんぱんでも、10000円の天ぷらでもいい。貧乏舌なので、10000円の天ぷらにあんぱん100個分の価値があるかと問われると難しいのだが、だからといってあんぱんを100個食いたいという話ではなくて、安きにも高きにもそれぞれ違った幸福がある。今日はなにをたべようかな、とぼんやり考えている時間にも希望がある。たとえどんなにつらいことがあろうとも、私は食によって救われるだろうな、と思う。

 私は酒を飲むのが好きだ。
 酒はいつでも不幸を忘れさせる。100円の西友オリジナルブランド・「皆様のお墨付き」チューハイ(この「皆様」とやらは本当に世界に存在しているのか、といつも疑問に思うが、定期的に購入している以上私もお墨を付けている皆様のうちの一人なのだろう)でも、純米大吟醸でもいい。ちょっとお高い純米大吟醸(4合瓶)に西友オリジナルブランド「皆様のお墨付き」チューハイ30本分の価値があるかと問われればそれもまた難しいのだが、うまい酒を飲むとさらに不幸が浄化されるような気がする。あくまで気がするだけで、翌日になればぶり返すのだけれど、ふたたび飲めばまた忘れられる。悪循環であろうが、循環できることに意味がある。たとえどんなにつらいことに直面しても、私は酒に溺れて逃避できるだろうな、と思う。溺死するかもしれないが。

 そして私はラーメンが好きだ。
 どうしてラーメンが好きだ、と大声で叫ぶことは恥ずかしいのだろう。私も若い頃は、「ラーメンねえ、ときどき食べるとおいしいよね、そんなに毎日食うもんじゃないけど」と斜め上からラーメンの評価を下していたが、あのころの私はどうしてラーメンが好きだと認められなかったのだろう。ラーメンは下賤な愚民が食う食物というイメージがあったのか、自らを下賤な愚民と認めたくなかったのか。意識の高い、スリムスーツに身を包んだ若社長なんかがラーメンを食うイメージが沸かないからか。とにかく、私はラーメンが好きだと認めるまでに28年かかった。長い道のりだったが、愛は遠回りしたほうが燃え上がるものだ、と思う。

 ジムを契約したのちに私はまず、「ダイエット 食事制限」とGoogle検索した。最初の二カ月こそ2,980円で通えるとはいえ、三か月目以降は7980円である。あんぱんが79個買える。200円の高級あんぱんなら39個。ワーキングプアで安月給の私にはかなり厳しい、やるからには本気でやらなければならない、と少々気負いすぎていた。週に三回通えば月に十二回、そうすれば一回665円でジムに通える計算になるからお得だ、筋肉をつけたいわけではない、有酸素運動だけできればいい。それでも食事制限をしないわけにはいかない、深夜の酒も控えなければならない、炭水化物は控えなければならない、と。しかし予測変換のトップには「ダイエット 食事制限なし」と先人たちの意思の弱さが現れ、私の強靭な意思をもやすやすと砕いた。「食事制限なしでらくらくダイエット!」「無理をせず続くダイエット!」といったような記事を読みながら、そりゃ食わないよりは食えるほうがええわな、とあっさりと方向転換をした。正直なところ食事制限は続かないという思いもあった。無理をせず、週に三回も運動してりゃそのうち痩せるだろうと楽観視することに決めた。
 しかし、それすら私には厳しかった。ジムに行く時間となると仕事前もしくは仕事後となるが、仕事前にジムへ行くため早く起きる強さは私にはなく、おのずと仕事後となる。ご立派な企業に勤めている方々には仕事後のジムも充実した生活の一環として当たり前にこなせるかもしれないが、私はワーキングプアなのだ。労働のちジムへ週三日、を二週間やったところで根を上げた。方向転換せざるをえなかった。そこで、一回665円で通うためにジムに契約したわけではなく、行きたいと思ったときにジムへ行くために契約したのだ、その安心のための7980円なのである、と思い込むことにした。保険みたいなものだ。そう考えると1日266円で入れる保険となり、むしろお得に感じられる(が保険としては高い)し、通えなくても罪悪感がない。他人が発する屁理屈は嫌いだが、自分を納得させる屁理屈は好きだ。週に二回ないし一回、下手すると二週に一回ペースになることもあったが、もはや気にならなくなった。
 そして食事である。何度でも言うが私はワーキングプアのため、仕事が終わるのは23時前後、飯を食うのもその前後となるわけだが、仕事のち食事そしてジムとなると食べた直後の運動となり、横っ腹が痛くなるわ吐き気がするわで碌に走れなかったため、おのずと仕事のちジムそして食事となった。一時間運動したとしても帰宅は深夜1時近いため、結果寝る前に飯を食うこととなるので、さすがに「食事制限なしダイエットで無理をせず理想の体型をゲット!」と決めた私でも野放図に食うわけにはいかないと自制心が働く。殊勝にもサラダチキン(ファミマ派)と野菜そしてビールだけで済ましてみたが、やはり味気なかった。決してまずくはないのだが、仕事と運動という鞭を打った身に対してはあまりにさみしい。甘い甘い、やさしさが染み渡る飴があってこそ、人は鞭に耐えられるのだ。マラソン大会でハッカ飴を配る学校はない、そこは黄金糖と相場が決まっている。炭水化物を解禁したのは不可抗力だった。サラダチキンと野菜そしてビールに白米を足すと満足感がずいぶん増した。いいんだ、「食事制限なしダイエットで無理をせず理想の体型をゲット!」の記事でも、無理が一番続かないって書いてあったし。夕食を食っていないのだからカロリーが大幅にオーバーするわけでもあるまいさ。どうして言い訳はすらすらと出てくるのだろう。堕ちるのはなんて簡単なんだろう。一度食べてしまえば、もう炭水化物を抜くことはできなかった。一時間走った日には白米を食らいビールを飲み食後すぐ寝るというルーティンがあっという間に完成された。罪悪感は酒を追加で飲んで忘れた。運動後の飯のうまさを知った私は、それでもさらに貪欲に、もっとおいしい飯を求めた(サラダチキンに飽きただけともいえる)。箍が外れたのはあっという間だった。外れるべくして外れたと言ってもいい。箍が外れない桶なんてない。私は近所に深夜3時まで営業しているラーメン屋があるのを知っていたし、深夜5時まで営業しているタイ料理屋があるのを知っていたし、チェーンのかつ丼屋やすた丼屋、中華料理屋があるのを知っていた、どうして見て見ないふりをできようか。家に帰ってどうせ白米を食いビールを飲むのなら、別に外でラーメンあるいはかつ丼またはすた丼もしくはカオマンガイをビールとともに流し込んでも一緒ではないか。寝る前だからとかそんなのはどうでもいい。私は運動をしたのだから、好きなものを食べ好きなものを飲む。開き直ってしまえば楽だった。特にジムのすぐそばにあるラーメン屋の濃厚煮干しラーメンはとても美味く、時々ビールさらに煮干し卵かけごはんまで追加で注文した。本当にそれでいいのか、ともう一人の私が問う。それでいいのか。それじゃ駄目なのか。そもそも私はなぜ痩せようとしているのか。今更モテたいのか、今更見てくれを良くしたいのか、今更健康に気を使っているのか。違わないけれど、違う。食いたいものを食いたいだけなのだ。食いたいものを食うことでブクブク太り、世間の目が、周囲の目が変質し、不健康だと誹りを受けるのが怖いだけだ。これ以上、これ以上太らなければいいだけなんだ。食いたいものを食う為だったら、私はきっと走り続けることができる。

 ジムへ通い始めて五カ月が経つが、私の体重は不変のままだ。走った分だけ飲み食いするのだから当たり前である。しかしそこには平穏がある。出っ張った腹は成長することはなく、だからといってもちろん凹むこともなく(体内では急激なカロリー消費に次いでカロリー摂取とアルコールが一緒にやってくるわけだから寿命は縮んでいそうだがとりあえず外面は)凪いでいる。
 人はなんのために生きるのだろう。それはもちろん幸福を追求するためだ。ボランティア活動に生涯をささげている人だって、奉仕を不幸だなんて思っていたらやってられない。スリムスーツに身を包んだ若社長だって金を稼ぐことで幸福を得ようとしている。みんなそうだ。彼ないし彼女が幸福を追求した結果なのだ。私は食べるのが好きだ。私は酒が好きだ。私はラーメンが好きだ! 私のとっての幸福とは、私の人生とは“食”だった、ひいては濃厚煮干しラーメンだった。私は濃厚煮干しラーメンを食うために生まれたと言ってもいい。後悔はない。幸福を追い求めるために、私は今日もランニングマシーンの上を、そして人生の行路を走りつづける。





2017年7月1日 自宅にて
2017/07/05 (水) 01:58 公開
2017/07/05 (水) 02:00 編集
作者メッセージ
そして贅肉。
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感想・批評
まずは現状維持でいいんじゃないですかねえ。
1:ひやとい <.pOW8srD>
2017/10/28 (土) 02:22
普通 5点

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