美味しかったもの |
ぷぅぎゃああああああ: 食欲の秋祭り参加作品 |
一点の星も見えない。黒いゴミ袋に包まれた世界に高平浩二は単身で踏み入った。片手に持ったビデオカメラの放つ光が周辺の闇を掻き回す。 「何もないですね」 のんびりとした明るい声で歩を進めていった。足首をやんわりと掴んでくる雑草は怯えた目で瞬く間に蹴り上げた。 「サークルの皆さん、廃病院に到着ですよ」 ビデオカメラの光が建物の一部を丸く切り取る。薄汚れた壁の一部が剥離して赤黒いあばら骨を露出していた。二階建てで全ての窓に鉄格子が施され、割れた窓からは虚ろな闇を覗かせていた。 「行方不明者を出したこともあるとか。噂の範疇ですが」 ダウンジャケットを羽織った姿で浩二は異常な発汗を見せる。流れる汗のせいで頻繁に両目を擦った。 「サークルの罰ゲームにしてはハードなんじゃないの、と思いながら潜入レポートの開始です」 泣き腫らしたような瞼で建物に近づいていった。闇がぽっかりと口を開けた部分に光を当てる。ガラス片や砂礫が通路に降り積もっていた。先の方に光を伸ばすと、抜け落ちた天井が折り重なって頑なに進行を阻んでいる。 「直進は無理なので横を見ていくしかないですね」 明るい表情は初めて口調と一致した。 浩二は建物内に侵入を果たした。切り裂かれたソファーを尻目に先へと進むと、広い場所に出た。ビデオカメラの光の動きが速くなる。 「子供の遊び場みたいな所ですね」 壁際に置かれたカラフルなジャングルジムを照らし出した。ほっとした顔は床に落ちていた人形で緊迫感を取り戻す。引き千切られたかのように頭部がなかった。 「……他を見ますかね」 方々に光を当てた。壁や天井の色は水色で統一されていた。端切れを利用して作られたお手玉が点々と落ちている。 「お手玉は持ち帰っても来た証拠にはならないですよね」 気を取り直した直後に靴が何かを蹴とばした。紙が擦れるような音がして即座に光を当てる。 一冊のノートが床に落ちていた。表紙には『日記』とひしゃげたような文字で書いてあった。 「これは証拠になりますよね?」 その場にしゃがんで最初の一頁を捲る。 『今日は目玉焼きを食べた。とてもおいしかったです』 頁の中央にそれだけが書かれていた。日付に相当する数字は見当たらない。浩二は次の頁を開いた。 『今日はハンバーグを食べた。とてもおいしかったです』 『今日はクリームシチューを食べた。とてもおいしかったです』 左右の頁の中央に一文が書いてあった。幼い子供に向けるような眼差しへと変わる。 「日記では無くて料理の感想文に近いかも。僕も腕の骨折で入院したことがあるから、食べる楽しみは共感できますね」 微笑みを浮かべて頁を捲る。同じような感想文が続いた。ノートの終わりが意識される頃、突然に調子が変わった。 『食べたいものがなくなった』 『なにを食べればいいのかな』 言い回しに引っ掛かるような目の動きで、次の頁へと進んだ。 『きたものを食べればいいのかな』 『がんばって食べてみよう』 流し読み程度で早々に頁を捲った。 『今日は人間を食べた。とてもおいしかったです』 『今日は人間を食べた。とてもおいしかったです』 ビデオカメラを持つ手が激しく震えた。曰く付きの場所だけに冗談を本気にしてしまった。 「大学生の僕を驚かすなんて、とんでもないですよ」 少し硬い顔付きで頁を捲る。 『おなかがすいた』 『人間を食べたい』 瞬時に頁を捲った。 『ひさしぶりに人間がきた』 『今日は人間を食べられる』 残りの頁は一枚。指は躊躇いを見せつつ、運命の一枚を捲った。 『大学生を食べられる』 少し山に入った県道の近くに廃棄された精神病院がひっそりと佇む。訪れた者の中で稀に行方不明者が出ると言われているが定かではない。 |
2014/10/06 (月) 00:07 公開 |
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>薄汚れた壁の一部が剥離して赤黒いあばら骨を露出していた
情景描写の際の比喩が陳腐なのが目立つ。貴君の場合、無理な比喩は稚拙さを露呈するだけなので程々に。
ビデオカメラで病院内を探索しているはずなのに、主人公の肉眼で見た描写になってしまっている。もっとビデオカメラによる限定された視界の描写に徹したほういい。そうすれば、より閉鎖的な世界における恐怖心や緊張感を演出することができる。
全体としてありふれたよくあるホラー小説を模倣した作品といったところ。
個性は感じられないが、今後も臆すること無く書き続けることで、凡庸ではあるが普遍的な作品を書けるようにはなるとは思う。精進を期する。