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いただきます
もりそば某: 食欲の秋祭り参加作品
 炬燵を挟んだ向こうの、わたしの長い親友のミノリは俯いていた。
 安アパートの壁の薄さなんて気にならないくらいにエアコンを強く設定してみたけれど、彼女の結ばれた唇も頬も青白く表情が抜け落ちたまま。普段の表情がよく変わる愛くるしい様は見る影もない。視線は何も捕えていないみたいだ。
 女一人で鍋をつつくはずだったクリスマスを大好きなミノリと過ごせるという事実だけを切りだせば幸せなはずなのだが、こんな痛々しい姿の彼女を目の前にするのはとても辛いことだった。

 遡れば夕方のこと。鍋の下ごしらえをしていたところ、わたしとは違って男と過ごしているはずの友人のアキコから電話があった。ミノリが付き合っていた男に街中で手酷く振られる場面に遭遇したとのことで、離れていたから詳細は分からないが彼女の様子がおかしいと。
 わたしはアキコに付き添われてへたり込んだままのミノリを迎えに走り、アキコに礼を言ってから手を引いて自分の家に連れてきた。憔悴しきっている彼女を一人にしておくことができなかったのだ。
 男の方は冬休みが終わってから大学で捕えて思いつく限りの残忍な方法で処刑すればいいとは思うが、それでもミノリにとっては信頼していた人間だ。そんな存在から悪意を叩きつけられるのはきっと初めての経験だったのだろう。どう感情を吐き出していいのか分からないのだとわたしは推察した。このままでは自らの内で渦巻く感情に切り刻まれていくばかりだから、彼女の中でけりをつける切っ掛けを作ってあげなければいけない。
 だけどわたしは無力で、何も言葉がでてこないのが悔しい。結局はミノリが褒めてくれた料理を振る舞うことくらいしか思いつかないのだ。
「今年のクリスマスチキンは鶏鍋にしたんだ」
 彼女が悲嘆に暮れる姿が悲しくて泣きたいのを堪えて笑顔を造る。
 炬燵の上で軽快な音をたてる土鍋を蓋を取って見せると、閉じ込められていた湯気が部屋中に広がった。醤油と丁寧にとった出汁の香ばしい、そして鶏肉をはじめとした具材の香りをのせて。
 それでもミノリは人形のように座ったまま。わたしは彼女の隣へと行って取り皿に柔らかく仕上がっているはずの鶏肉や白菜などの野菜をよそい、一つ、鶏肉を箸でつまんでから息を吹きかけて冷ました。あーんして、と促して口元に持っていく。
「ミノリに教えてもらった通り、美味しくつくれるようになったんだよ。ね、褒めて……、上手になったねって」
 わたしが先に泣きだしてどうするんだ。でも、涙を止めることはできそうにもない。友達として長く過ごしてきミノリの変わり果てた姿と自分の無力感に打ちのめされて。
 と、眼前の鶏肉の香りのせいだろうか、ミノリがそれをゆっくりと口にした。咀嚼して飲み込んで――、彼女の真っ白だった表情がくしゃりと崩れ、
「…………おいしい」目尻から涙が溢れだす。「おいしい……よ、ヒロちゃん」
 そしてこちらに向いたミノリの目には確かにわたしが映っている。嬉しくて、わたしは先に声をあげて泣きだしてしまった。

 それから、わたしにつられてかミノリまでもが泣き声をあげて、抱き合ったまましばらくしてからの晩餐の再開となった。
 最初は笑顔が戻らないまでも、お酒の力もあってか辛い想いを言葉にしていくにつれ、鍋が空になる頃にはすっかり色を取り戻した頬を僅かにほころばせてくれた。
 お酒のせいか泣きつかれたのか、真っ赤になってしまったミノリの目を瞼が隠そうとしているのに気付いて、風邪をひかせるなんてとんでもないから彼女をベッドへと誘導して寝かしつけた。跪いて顔を寄せ頭を撫でながら。
 これできっと大丈夫。きっとミノリは立ち直れる。自分の目元を袖でこすってからわたしは、奮発したのに味がよく分からなかったお酒の残りを楽しもうかと立ち上がろうとしてセーターの袖をそっと掴まれた。
「どこか行っちゃうの? 嫌だよ」
 微睡んだミノリの声が更に引き止める。
 その再び潤んだ瞳と、色付いた唇から目が離せなくなってしまい、わたしは彼女の手を握り返してベッドに飛び込んで口付けて貪った。ミノリを誰にも渡したくないという、ずっと昔に閉じ込めたはずの想いが溢れてしまったのだ。
 心の中で叫んだ。「いただきます!」
2014/10/06 (月) 03:32 公開
2014/10/12 (日) 19:03 編集
■ 作者<2IXQIQuu> からのメッセージ
性欲の秋祭りと聞いて

1012追記:
 ご感想、ご指摘いただいた皆様ありがとうございます。
「食が心を動かす」をテーマにしたこの作品ですが、批判の多い最後は、書いているうちに照れが入ってしまって最後茶化すような終わり方にしてしまいました。
 正直に言えば百合設定は最初から盛り込む予定でしたが、何とも勉強不足を痛感させられます。

 ちなみに、安アパートの下りは断熱を入っていないという意味で用いましたが、迂遠に書いて失敗するのであればそのまま書けばよかったなと。
 後、心の声が漏れているのは痛恨のミスです。
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感想・批評
 非常に惜しい、というのが率直な感想であった。前半の運びはとても良かったと思う。失恋して打ちのめされた友人を慰める主人公、感情移入しながら読むことができた。これは所謂「百合」というジャンルの作品なのだろうが、前半の運びの延長で百合の要素をしめやかに、ひっそりとした読後感に余韻を浸らせて物語を結んでもよかったかもしれない。少なくとも、露骨に「いただきます」とがっついて締めくくるのはどうなのだろうか。前半の運びのままでは今一つインパクトに欠けるという懸念、または前半と後半とのギャップというものを意図したのであれば、そのような意匠を敢えて施さなくとも、もっと素直にシンプルに勝負しても充分に通用するクオリティーの作品ではなかろうかと個人的には思った。しかし、この結末の受け取り方は読者によって意見が分かれるところなのかもしれない。
8:  <Gyq1quNF>  2014/10/12 (日) 15:17
ポッポ
百合っていうのはなあ!もっとこう、滾るものがないとだめなんだよおおお!と叫びたい。世界の中心で百合について叫びたい。
最後もそうだけどどいつもこいつも表現が直接的すぎる、ように思う。もっとなんていうのか、雰囲気っていうか外堀からじわじわ攻めていく感じがほしい。じわじわ百合成分が滲み出る感じね。わかるかな紳士諸君。初っ端からああそういう小説なんだなっていうのがわかって、お約束の描写ばかりじゃやっぱりつまらない。pixivとかね、あの辺のそういう小説はすごいよね。もうゆりんゆりんだよね。のっぴきならないよね。
しかし所詮五枚という限られた箱庭の中で百合という盤根錯節とした奥深い世界を描くことがそもそも難しいのかもしれない(完)
評価:2.5
7:  <td.jyZoL>  2014/10/12 (日) 12:44
オチツケ
5、訂正

自分は書家不良だとおもう。→自分は消化不良だとおもう。



6:  <fYfkWBrA>  2014/10/10 (金) 10:04
ええと、冒頭で設定がびしり、決まっていれば印象がかわったんじゃないか。

ふたりは会社の同僚なのか、古くからの親友とあるから、高校生なのか。それとも、
読み進めていくなかで説明するのもいいけれど、話がどんどん複雑になっていくので、
読みながらの理解は躓く。

ラストの「いただきます!」にしたところで、料理へ向けらるのか、
カニバリズムなのか、読み手に判断を求めるのは賛否の分かれるところ。
自分は書家不良だとおもう。
5:  <fYfkWBrA>  2014/10/10 (金) 10:02
3は私。
4:  <LkPp7lpK>  2014/10/10 (金) 04:55
ひやとい
まーいーんじゃないすか。
3:  <LkPp7lpK>  2014/10/10 (金) 04:54
なんだかなあ、という言葉しか出てこない。申し訳ないが。
2:  <vSlNdSL1>  2014/10/08 (水) 19:33
>>わたしの長い親友のミノリ
ちょっとおかしくないだろうか。
私と付き合いの長い親友であるミノリ
私の古くからの親友であるミノリ
違和感がある
>>安アパートの壁の薄さなんて気にならないくらいにエアコンを強く設定してみたけれど、
壁が薄くて隣の部屋に騒音が伝わると言う事なのだろうけど、何に対して気にならなくなるのか、いまいち表現が悪い気がする。

ラストまで読んで「百合か!!」と思ったのだけど、「いただきます!」は下品で下世話で台無し。

そして最期にミス
>>心の中で叫んだ。「いただきます!」
心の声が外に漏れてるし
でも、嫌いじゃない。
1:  普通 4点 <ORTIeLpc>  2014/10/06 (月) 22:54
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