お題『自演』 |
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柔らかい日差しの降り注ぐ窓際の席で、わたしはお弁当のつつみを開いた。 入学式から数日。昼休みの緩んだ空気の中、すでにいくつかのグループが出来始めているが、教室の中にはまだぎこちなさが漂う。中学からの顔見知りがいるわたしにとっては関係のないことだけど。 「ミヅキちゃん、お弁当食べよ」 親友のカナが前の席の椅子をこちらに向け、わたしの向かいにちょこんと座る。手早く開けたタッパからデミグラスソースの香りがふわりと漂ってわたしのお腹を刺激した。 「今日はハッシュドビーフにしてみたんだ」 コンビニのお弁当にはあったりもするけど、普通に作ったお弁当に汁物はどうだろうか。これだと、おかず交換でカナの料理を口にするチャンスもないし――ほら、めちゃくちゃ注目されてるし―― 「自信作なんだよ。一口あげるね――はい。あーんして」 ――いえ、最高でした。一さじすくってカナがわたしに差し出してくる。わたしのお弁当のごはんにかければいいのに、なんて野暮なことは言いません。カナが気付く前にぱくりといただきますとも。 そのまま気にした様子もなく、そのスプーンで食事を始めるカナに何やらいけない感情がわいてくるが、 「楽しみだね、フミちゃんの朗読劇。早く放送、始まらないかな」 「……え、ああ、うん」 その一言で霧散してしまった。嬉しそうに言うカナには悪いけど、わたしはヒヤリとした不安を感じてしまう。 もう一人の中学からの友人であるフミが今朝言ったところによると、何やら放送部にねじ込んで朗読劇をするのだとか。やることが唐突なのはいつものことで今更驚きもしないが、問題はフミが読み上げるのが彼女によるオリジナルの小説だということ。 あまりフミのことを知らない人は、彼女について口をそろえてこう言う。才色兼備だとか、深窓の令嬢だとか。遠くから眺める分には間違ってはいない。だけど、天は決して二物を与えたりはしないのだ。端的に言えば、替わりに品が無い。深窓の令嬢どころかおっさんと言ってもいい。 更には、人並み外れた行動力で起こす人から外れたセンスの行動に、近付く者は皆巻き込まれては振り回される。わたしに至ってはなぜかフミの共犯者という認識を周りに持たれる始末で、中学の頃は何かと尻拭いに走り回ったものだ。なんで友達続けているんだろう。 だから、フミの朗読劇とやらに爆弾めいた不吉さを覚えずにはいられない。すんなりと終わるはずがないのだから。 阻止した方がいいのではないか。カナとの時間と天秤にかけて逡巡するが、 『本日のお昼の放送をはじめます』 期待に目を輝かせるカナのため、わたしは浮きかけた腰を椅子へとおさめた。 それから十分ほどが経過した。今のところ何事もなくフミの朗読劇は順調に続いている。 肩から力を抜いて椅子の背もたれに体重を預けた。 「なんていうか、普通でよかった」 カナは物語によほど集中しているのか、お弁当を食べる手を止めて耳を澄ましている。教室内のクラスメイト達もまた、澄んだフミの声に、お喋りをやめて聞き入っているようだ。 物語は、少女が、難病で病院のベッドに捕らわれたままの憧れの男をかいがいしく見舞う場面から始まる。 病名は分からないが彼女は必ず治ると信じ、今日も病室へと足を運ぶ。 逢瀬にも似たおだやかな時間が流れ、面会時間が終われば名残惜しくも「また明日」と約束を交わす。 だけど、その日は違った。男がもう来ない方がいいなどと言い出したのだ。 当然少女はなぜかと問う。沈黙の後、男はこれから始まる治療は辛いもので助かる見込みも少なく、少女にみっともない情けない姿を見せることになってしまうからだと述べる。少女の想いには気付きつつ、その幻想が壊れてしまう前に遠ざけようとしたのだ。きっと傷つけることになるからと。 しかし、少女は男の弱音を肯定する。全てを晒してほしい、自分が全て受け止める、声を張る。 男は少女のむき出しの心に触れて涙を流す。そして二人の距離が近づき―― 「――って、なんでだよ!?」 なんでいきなり二人して服を脱ぎだすんだ。そこはキスして終わりでいいよね? ほら、カナがよく分からないって顔をしちゃっているじゃないか。 教室に先ほどまでとは違った空気を纏う沈黙がおりる。それは戸惑いだった。 誰か止めて。放送部の人とかいるんでしょ? 『ちょっと、恋愛小説って言っていたのに。どういうことですか!』 スピーカーの向こうからフミを詰問する女子の声が響いて、フミの朗読を遮った。物語の二人の睦みごとも寸前で回避される。 『言った通りの恋愛小説じゃないか。恋愛なんて行き着くとこは異性の身体の大研究だよ?』 『っ! 違いますっ、もっと綺麗な形の……そんな恋愛だってあります』 いや、問題はそこじゃないよね。昼間の、しかも学校では不適切だって言えばいいだけじゃないか。 『でも結局、最後はやることはやるんだって。今回のは感極まってムラっときちゃったって設定。だから仕方ないよなー』 放送を止めた方がいいと思うけど、予想できるはずもない事態に混乱してしまってか思いつかないのだろう。どうやら放送部の人ではフミを止められそうにもない。 「ちょっと行ってくるよ」 「そうだね。喧嘩はよくないよね」 わたしは今度こそ立ち上がり、教室を出る。カナの「いってらっしゃーい」との可愛らしい声を背に。 これから三年間。またフミの暴走を止め続けることになるのか。そう考えると、思わずため息をつく。 だけど、紛れも無い慣れ親しんだ日常の一幕でもある。気は重いけど、どこかそれを楽しんでいる自分がいるような気がした。 |
2014/07/04 (金) 23:51 公開 |
作者メッセージ
トリッキーな話は書けないので、自作を自演する、という苦肉の策に |
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