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ひやとい: MBC文庫のアーカイブでみつけました。

 花見もできなくなってからしばらくすると道端に、割に背の高い草花がちらほらと咲き始める。白い花びらのいかにも弱そうなやつだ。この花が見え出すと、そろそろどこかの広い川べりにでもハイキングとしゃれこもうか、というような気分になる。
 ハルジオン。
 キク科の多年草で北アメリカ原産。春先から花を咲かせる。食用になり、主におひたしやサラダなどにして食べる。苦味がそう気にならなければ炒め物にもいいそうだ。生命力が強く、日本各地に繁殖している。
 以前、20代前半の頃だったか、働く気力がなくなり、そのせいで何ヶ月間か食うや食わずの状態でいた。
 その時の事を、30を過ぎた数年前にふと思い出し、これからまた働きたくなくなったら、と不安になったのがきっかけとなり、食用の野草や木の実、キノコなどの本を片っ端からめくったりした事があった。
 その時に、近所でよく見かけた草花が、ドクダミとハルジオンだった。
 ドクダミの方はそれこそ、唸るほど繁殖していたので、別れた妻をそそのかして共に摘みに行き、洗った後天日で乾かした後ドクダミ茶にして飲んだり、生葉を天ぷらにして食べてみたりした。
 天ぷらはあの独特な匂い(魚の腐ったような匂いがするところから魚腥草ともいうのだが、そうした感じとはまた違うように思えた)が抜けなかったので、とても食べられたものではなかった。後でわかったのだが、天ぷらにする場合は一回生葉を塩ゆでしたものを、水気を取ってから衣をつけて揚げるのだそうで、なるほど、それは確かに食えたものではなかったわけだ。なんとも、間抜けな話だった。
 だが、お茶の方はまあまあ飲めた。なんというか、簡単に表現できない味で、大人好みの味というか、地味な感じのする味わいだった。
 はじめて茶をいれて飲んだ時、妻が、
「これ、おいしいっていう味じゃないけど、まあまあいけるよね」
と、感心していたように言った。
 それがなんともおかしかった。
 その様子に思わず大笑いをすると、妻はふくれたような困ったような、なんとも言えない複雑な顔つきをして、
「なんで笑うのよ!」
そう言って凄んできた。あわてて、
「いや悪気は別にないんだよ、なんか知らないけどおかしかったんだ」
と言い訳を口にしたのだが、
「違うでしょお! 私がヘンな顔をしてると思って笑ったんでしょお! いいえ、元々ヘンな顔だとか思ってるのよ! 何よ! あんただって大した顔してないクセして!」
 どうやら彼女の、何かの琴線に触れたらしい。
 確かに妻は、一見普通のおとなしい女性に見えるのだが、よく見ると妙に厚ぼったい唇だったり、もっとよく見ると微妙に受け口だったりして、なかなかユニークな顔立ちなのだ。
 本人は普段からそれを気にしていて、顔についてなにか言うと怒りを顕わにするのだ。だからいつも、その手の話には気をつけていたのだが……。
「いや、だからそんな悪気はなかったんだって……」
「ちっきしょおおおおおおおおお! どうせ他の女と比べたら、私はブスよ! ヘンな顔だわよ! だからそれがどうしたのよ!」
「お、おい。とにかく落ちつけよ……」
「……くっそおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ! コノヤロバカヤロ! なめんなベイベェェェェェェェ───!!!」
 もはや、言い訳は無駄だった。
 叫ぶやいなや、妻はロケットランチャーを背中から取り出し、積もりにに積もった殺意を一気に浴びせるような勢いで向けた。
 いかん。
 妻は怒り出すと手がつけられなくなり、どこから出してくるのかよくわからないが、ほとんど超能力的な精神力で武器をいきなり調達し、こちらに銃弾だの迫撃砲だのを浴びせまくるのだ。その手際や迫力はまさに、日本赤軍の女兵士も顔負けのものだった。
 今度で何度目だろうか。
 こうなったらもう説得は効かなかった。
 怒りが収まるまで逃げるしかない。
 背後に強い光と強烈な熱気を感じたのと同時に、全速力で走った。
 おそらく部屋から何から、住んでいるマンションごと全壊しているだろう。
 何度目かの引越しの事を考えると憂鬱になりかけたが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。
 とにかく、逃げなければ。
「ぐぅぉおおらああああ! 待てえええええぃぃぃぁぁぁああああ!」
 待ってたまるか。
 そう思いつつ部屋のあった3階から車庫のある一階まで一気に駆け降りると、停めてあったホンダスーパーカブ50ccカウルなし総レッドカラーリング自称あっちゃん号に飛び乗り、キーを差しこみ焦るような思いで捻った。 
 地響きのような足音が背後から押し寄せてくる。
 時間がない。
「ぇえいやあああぁあぁぁぁぁぁぁあ!」
 叫び声が近い。
 もう、祈るような思いだった。
「ドルン!」
 かかった。
 運よく暖かくなってきていたので、エンジンを温めることもない。急発進すると一目散に逃げた。
 怒りが収まるまで、3日は帰れないだろう。あとはロケットランチャーにつかまらないように気をつけるだけだった。
 一直線に逃げてしまわないよう、最初の曲がり角で右方向に曲がろうとした。
 道が狭いので一瞬でミラーを見て判断しなくてはならない。
 でないと、すぐに迫撃弾に直撃を食らってしまう。妻の発射は正確で、何度も痛い目に遭っている。こうして生きているのが不思議なくらいだ。
「……!」
 幸い、車も歩行者も来ていなかった。
 すかさず体を気持ち曲げ、「おれは直角!」の主人公のように急角度で進んだ。と同時に妻の発射した迫撃弾の風圧が後頭部をかすめた。まさに背筋が凍る思いだった。
「ゥオギュゥアアアああああああ○×〆≠§〒…………」
 もう言葉にすらなっていない妻の絶叫を遠くで聞きながら、少しづつ脱力していくようになっていった。

「……というわけで、2,3日しないと帰れないというわけなんですよ。信じてもらえないと思いますけどね」
「そうかい。ま、一杯やりな」
 すっかり疲れ果て、国道から偶然見た一杯飲み屋にスーパーカブ愛称以下略号を停めると、いも焼酎を仰いだ。
 店内は薄汚れた、いかにも建築土木関係で働く者たちが来そうなところだったが、その風情がかえって疲れた体を癒してくれるようだった。
 何杯かを飲み干して酔いが回ってくるうち、いつのまにかそこの主人に愚痴を聞いてもらっていたのだった。
「まあしかし、やっぱ女に顔の事ってなぁ禁句、タブーてもんだわなあ」
「気をつけていたんですけどねえ……」
「まあしかし、そんな乱暴な奥さんじゃ身が持たないだろうになあ……」
「ええ、もうこんな事ばかり続くんじゃ、別れるしかないですよ……」
「そうだそうだ。別れちめえ、そんなのぁ!」
 乱暴な口調だったが、山親父のような髭の主人がかもし出す雰囲気とあいまって、段々と説得されていった。
 頷き、吐くように言った。
「そう。そうですよね……、なんで気がつかなかったんだろう……」
「おおし、こうなったら再出発の一杯といこうじゃねえか。 おお?」
「よおし、決めた! じゃあおやっさんにも一杯おごるよ。もうあいつとは別れるから、一緒に祝ってくれよ!」
「おう、そうこなくっちゃ!」
 すっかり主人と意気投合し、その日は朝まで飲み明かした。

 結局妻とは揉めに揉めたが、粘った結果、どうにか裁判官に離婚を認めてもらう事が出来た。本当は賠償金が欲しいくらいだったが、止めておいた。
 で、今はのびのびを独身生活を楽しんでいる。多少不便だが、妻と一緒にいる事を思えば十分快適だ。
 そう思うと、ドクダミには本当に感謝している。ドクダミを摘みに行かなければ、今の自分はなかっただろう。
 ドクダミよ、本当にありがとう。

 で、ハルジオン。
 食べてみた事がないので、今度食べてみようと思う。

               おわり
 
2019/03/28 (木) 21:29 公開
作者メッセージ
なんでこんなの書いたんだろう……。
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