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皆既月食の夜に  作者:秋吉君  へのレス
良い。

ヒョっというしゃっくりの音が心地よく、作者の耳の良さを感じさせる。

物々しげなタイトルや、やや硬質な文明を喰らうという文章に、思わずこちらの深読みを誘う味付けがされている。

それをよしとするか、あざといとするかは人それぞれだが、少なくともこの作品では破綻というほどのこともなくスパイスにはなっている。


良心  へのレス
惜しい。

ドストエフスキーの独白か、町田康の漫談か、文体は明らかに聞き手を想定しながらの講談口調であるものの、単文ごとの繋がりがやや途切れがちで正直に言えば耳障りがあまりよろしくない。

この主人公、卑屈で女々しくあるのは魅力のひとつであること間違いないが、けれどこの文章全体のほぼ全てが状況説明しかしておらずこれだけ弱く、揺れ動きやすい主人公であるのに、その感情が揺れ動くのは最終版に少しだけ、「良心」について触れる一瞬のみとなっている。


もっとこの主人公は卑屈になっていいし、暴れていい。

その抑制がきかなくなるほどに文章を書き殴っていい。

そのためには、作者はむしろ筆よりも耳を鍛えるべきではないか?

この作風であればより自らの文章に酩酊することが望ましいと感じる。




北国  作者:白鷺郷  へのレス
良い。

この男が孤独なれど愚痴ることもなく淡々とした風情がそのままに読み手に伝わるは心地よい。

けれど、やや動作ひとつひとつに擬音が多く、せっかくの持ち味である人好きのする素朴さが見せかけの文学性に汚されているように感じる。

”朧”という言葉でないと表現できないのか?
それとも”朧”なる単語をいいたいだけか?
その差は大きく後者であれば、それはこの作風においては致命傷になりかねない。



素晴らしき夜に虹を見つけたら、世界にさよならを教えて  作者:苗字名前  へのレス
惜しい。

詩的なタイトルは情感があり惹きつけるものがあるものの、長文になった途端に気負いや稚気が過ぎている。

一瞬の感動の切り取りは恐らく長所ではあるが、場面間の繋がりなく、またその繋がりのなさに戸惑うかもしれない読者への親切心、ひいては想像力がない。

煌びやかな単語の連なりは蠱惑的なれど、自身が魅了されれば見世物に非ず。


一度、全ての文章を削りに削り、なお自分に残るものだけを探してみてはいかがでしょうか?


イケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬ(2015)  作者:苗字名前  へのレス
 記号論理学の記述がありますけど、そんなレベルの話をするならまず、この命題が全称命題∀か特称命題∃かの話(「全ての/あるイケメンは 任意の/あるチーズバーガーをぶつけられると死ぬ」のどれなのか)、そもそもこの命題が真なのかどうかの話が先行するはずで、普通に全称命題ととり、死ぬという事実を疑わない(真)のであれば、記号なんか持ち出さない方がいいと思います。
 作品の意図がよくわからないのですが、読者に主人公が他人(イケメン)を逆恨みして攻撃すると思わせて実は自分を試すという展開が意外なのでショートショート的だ、というなら、そこに純化した方がいいと思います。その場合、論理学で遊んでる暇はないのはもちろんですが(もっと読者を騙す方向、意外な結論へ焦点を集める工夫に字数を費やすべきです)、ハンバーガーショップが出てくるような道具立て自体が無駄だと思います(その理由は最後に書きます)。もっと筋を考え抜いて単純化していくべきで、おそらく全然違う話になるものだと思います。
 私は「ここに書かれた作品がショートショートである」ことは全く疑いませんが、「これをショートショートで書く」ことが、書き手や読み手にとってメリットがあるとはあまり思えません。ショートショートってのはやはり特殊なもので、描写とかの練習にはなりがたいように思いますし、それこそ変わった記述やら感情の揺さぶりをしたいなら素直に短編小説として書いたらいいと思います(ショートショートを書くこと自体が目的なのだというなら、前述の通り、もっと禁欲して筋書を練り直した方がいいですが、この禁欲は成長期に断食する類のもののような気がする)。
 短編小説的に見るなら、これはぱっとしない主人公が棚ぼた的にマジックアイテムを手に入れる話の一種で、たとえば宝くじが当たったという映画でも想定してほしいです。そこでは主人公が豪華な食事をしたり服を新調するシーンが出てくるでしょうが、明らかにそれはテーマじゃなくて、主人公と家族や恋人との関係の変化や、新たに現れる怪しげな人物との間の葛藤などが書かれるものだし、自分が本当に必要だったのは金じゃなかったってのを主人公が悟るって筋になっていくものです。アイテムを(対価無しに)入手したらそのアイテムを(その話の中での)本来の使い道に使ってそこに終始するのは物語にはならない位に思った方がいいと思います。また、そうしたアイテムは主人公の人間関係や主人公の世界観を変える道具として登場するのです。
 この話では主人公以外にはハンバーガーショップの店員しかでてこないです。そのこと自体問題だというのは置いときますが、このマジックアイテムを売ってくれる店やその店員は、主人公にとっては以前とは全く違う謎と魅力のある存在になってるはずです。
村上春樹だったらこの店員のお姉さんと手に手を取って異世界に行ってしまうわけですが(爆発しろと思うw)、そうでなくても店員との関係は変化しなければなりません(ショートショートに徹するならハンバーガーショップは無駄、というのはそれが理由です)。また、主人公の世界観を強化する形で終わってますけど、これはラストシーンではありえません。ここから話が始まるのです。自分がイケメンの範疇に入らないことがあらためて確認できたら、もうチーズバーガーは無駄でしょうか。そうではなさそうだ、ということまでは作者が気づいているから拾って包み直すのだと思いますが、だったらこの後を考えて構成し成したらどうかと思います。



素晴らしき夜に虹を見つけたら、世界にさよならを教えて  作者:苗字名前  へのレス
なじみのない語や飛躍した発想自体が悪いということはないのですが、論理的な流れにはもう少し沿わないと、どうも散らかった印象をもちます。たとえば2連目は「虹の仕組みについて」といっているのに、実は目の仕組みを語っています(もし狙ってやったというなら性急すぎます)。4連目の「反証可能性」は面白いですが、ここは話の流れ上、「仮説は棄却されてはならない」のではなくて「(夜の虹はないという)仮説は反証により(=夜の虹を発見してやれば)棄却される」となるべきものだと思います。ここがどうもひっかかって素直に読めませんでした。論理、論述の流れに違和感をもったところはまだありますが、もう一つだけいうと、作品の終わり近くに、窓を開けてみる描写があります。「目の周囲を指でほぐ」してから「サッシを横に滑らせる」というのですが、これは作者はただ想像したのみで、やってみたことはないのではないでしょうか? 夜、実際にやってみればわかりますが、このとき、滑るサッシの表面に、七色の虹が出るのです。是非やってみてください。これで虹が出るのはなぜかというと、その2行前に「「鍵を探すなら街灯の下」という小話がある」とあり、これに従って窓を開ける以上、その窓に虹が出るのが多くの文芸の論理だからです。虹が出たかどうかすら言わないのなら、小話の方が存在しないのでしょう。それから結局、虹は見つからないのに本物偽物と言ってるのも飲み込みづらいです。変なもの見つけてしまったけど、これ本物だろうか、という素朴な観念にとどまった方がいいのではないでしょうか。そういえば3連目に >ある物はある場所で、ない物はない場所で探すべきだ、と部屋の隅から茶筋蠅捕蜘蛛が言う。 というのがあるんですけど、ない物をない場所で探しているのがこの人なのだから、これに反発することないと思うんですが…さてこのように先ほど「もう一つだけ」といいながら2つも3つも言うのはなんか不誠実な感じがしませんか? つまり私が、作品が論理に従ってほしいというのは、使われる学術用語や機序の説明等の内容の正確性の問題ではなくて(そっちは必要なら踏みにじればいいです)、論述態度の誠実性の方に関わる事柄として言っているのです。なんとなく嫌な感じ、というのが改善できるのではないかと。

次に気になるのはこの話が見たこともない物を探すが見つからずに終わる話なのに、主人公が探している物の形状のあれこれを想像するということをせず、関係ない物ばかりを想像してることです。夜の虹ってどんなんかなあってのがないってのははぐらかされた感じが強いです。疑似科学的な妄想はここで炸裂しなければならないと思います。名詞フェチ的な世界が楽しいからといって、主題について「夜の虹」という名称提示のみでとどまっては小説にはなりがたいと思います(俳句短歌ならありなんでしょう)。ここで「主人公は居ません」ってのを批判せざるを得ないのですが、「探す」話である以上、探す主体である主人公がいることを引き受けその内面を描写しつつその外のあこがれに焦点を持っていくことを工夫するべきで、作者の意識の上で「いない」ことにして解決しようというならやはり甘い(読み返してみたら主人公居なくなっちゃった感じだからそう書いただけだ、というならそこはやっぱり弱点ですよ、と)。他のことをたくさん想像しているのと相まって、なんだかメインの題材に正対せずに逃避しているのではないかという感じが払拭できないのです。

想像している事柄についても、これでいいのかというのはあります。
特に>砂山の上に建つ幽霊屋敷のお化け煙突からは個人情報が白煙となって立ち昇っている。
ってのがいいんですけど、これ、「想像する。」となっています。でも、この浮世離れした主人公がありそうもない虹をあてどなく探してるその同じ深夜に、同じ村の大きなお屋敷に住む金持ちが自分の後ろ暗い過去の書類を密かに燃やしているというのが「現実」である方が面白そうだと思いました。俗や汚れをもう少し現実として配置するのもいいと思いますし、それが奔放な想像や「幽霊」よりもロマンチックな場合もありうるのかなと。

イケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬ(2015)  作者:苗字名前  へのレス
まず、ちゃんと読めたので、その部分はクリアーしていると思います。

内容についてですが、
>前言を直訳すれば(お前みたいなドブ臭い下種がこのハイセンスな店内で犬食いしてると美的景観を損ねるから買うもん買ったらさっさと荒屋に帰れクズ)となる。明らかに。
こうした文章は、なかなかセンスがあると思いました。

一つ思ったのは、公園でのシーン。チースバーガーをぶつけたあと。(或いは前か最中でも)通りすがりの親子みたいな人物を出したらよかったかと。
(店員とのやりとりからくる、被害妄想がよいので)
たとえとしては、母子の笑い声を挟んで、それを自分へのものだと思うとか。
(そのへんの設定は、作者さんの自由ですよ)

単に独白をさせるより、アクセントがついていいのではないかと思いました。

以上です。

イケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬ(2015)  作者:苗字名前  へのレス
これは店に入る前に読者に対して「イケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬ」という情報と主人公の意図を明らかにした上で、注文する主人公が店員の態度をあれこれ邪推する(ただの営業スマイルなのか、こちらの意図を知っているのか、あまり挙動不審だと売ってくれないんじゃないか、いやいや意図を打ち明けたら特製品をこっそり売ってくれるのかも…)のをみて楽しむ、という話では。

初詣までの路  作者:大蜷局大吉 ◆XYndhCe37s  へのレス
そう言えば、枚数を稼ぐために書くという手法は、素人が陥りがちな最悪の方法だと
其新人賞の審査委員長の方が仰っていました。ご参考まで。

初詣までの路  作者:大蜷局大吉 ◆XYndhCe37s  へのレス
× 私はラノベは専門ではありませんが、デビュー直前の小説と、それに対する編集部の指示(ダメ出し)なら
○ 私はラノベは専門ではありませんが、デビュー直前のラノベと、それに対する編集部の指示(ダメ出し)なら

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